サーヤはお母さんと二人暮らしの、病気がちな女の子。
サーヤのお父さんは「サーヤが生まれる前にお星さまになったのよ。」と
お母さんが言っていました。
サーヤは小さいけれどお母さんが仕事に出かけないと
おいしいごはんや、おやつが食べられなくなると知っていました。
サーヤの枕もとに並べているおもちゃや、サーヤの大好きな絵本も
お母さんが働いたから、ここにあるのだと分かっていました。
だから、お母さんが仕事でいない間、寂しくても我慢するのがサーヤの仕事でした。
サーヤのお母さんは毎日何か必ず、プレゼントをくれました。
それは可愛らしいお人形だったり、小さなぬいぐるみだったり、
道端に咲いていた花だったり(押し花を教えてもらった)、
物でない時はお母さんのライヴ(お母さん in HOMEと言う)だったり、サーヤがもういいと言うまでのキスの嵐だったり、必ずサーヤがうれしいと思えるプレゼントを一つくれるのでした。
だから本当言うと、お母さんがいない間もそんなにひどく寂しいとは思いませんでした。
サーヤはお母さんが毎日くれる宝物に囲まれて幸せでした。



でもある日サーヤのお母さんは、いつもの時間に帰ってきませんでした。
最初はどうしたのだろうと思いましたが、これまでも何度か帰りの遅くなった日がありました。
そんな時は朝、出て行く前に必ず教えてくれましたが、きっと今日は言うのを忘れてしまったのだと思いました。
この頃、
「あー疲れちゃった。サーヤお顔を見せて!サーヤの顔見ると元気になるから!」と言うことが多くなっていました。
そしてギュッと抱きしめてくれる。
しばらくそうしてから、
「よしっ!充電完了!」と言って、いつもの元気なお母さんに戻るのでした。
ジュウデンカンリョウって何なのか分からなかったけれど、元気になったってことだけは分かるのでした。
きっと帰りが遅くなるのを言い忘れるくらい、疲れているのだと思いました。
サーヤはいつもお母さんに抱きしめられると、体の底から力が湧いてくるような気がしました。
(今日は私がお母さんをギュってしてあげよう!)
そう思いながら、いつしか眠ってしまいました。
次にサーヤが目を覚ました時、家の中は真っ暗になっていました。
夜になったのだと思いました。
家の電灯が何も点いていないので、お母さんはまだなのだと分かりました。
真っ暗な中で一人でいるのはとても寂しいと思い、少し泣きたくなりました。
でも、寂しくても我慢するのがサーヤに与えられている大切な仕事です。
(ちゃんと仕事をするんだ!)と思いました。
ベッドの横の明かりを点けようと体を起こそうとしましたが、なぜか力が入りません。
なんとなくフワフワする気がしました。
自分で熱が出てきたのだと分かりました。
(ああ、まただ…。お母さん、まだかな…。)
とても心細くなりました。
心細くて、涙があふれ出てくるのを抑えることができませんでした。
今にも「おかあさーん!」って叫びだしそうなのを、やっと我慢しました。
暗がりの中でそうしていたら、何かがサーヤのほっぺを触りました。
目を開けると小さなウサギのぬいぐるみがサーヤの顔を見ていました。
よく見ると、カメのぬいぐるみも、クリスマスに買ってもらった着せ替えの人形も、赤ちゃんの頃から持っている大きなクマのぬいぐるみも、みんながサーヤの顔を覗き込んでいるのでした。
サーヤはびっくりして体を起こしました。
部屋の中を見渡すと、サーヤの持っているおもちゃや人形たちが勝手に動き回っていました。
みんな、とっても楽しそうに自由に遊んでいるのでした。
でんぐり返しをしたり、追いかけっこをしたり、積木までが車の形になったかと思ったら、家の形になったり船になったり、サーヤはみんなの遊ぶ様子を見ながら、いつしか笑っていました。
そうしている内にいつもは棚に飾られているガラスで出来た天使が淡い光をまとって立ち上がりました。
天使は両手に一つずつ箱を持っていました。
天使がサーヤの前に一つの箱を置くと、箱はサーヤの頭ぐらいの大きさに膨らみました。
そして天使がサーヤに何か囁きました。
サーヤは不思議に思いながら、促されるまま一つの箱のふたを開けました。
すると天使がサーヤの手を引っ張り、一緒に箱の中に飛び込んでしまいました。
一瞬目の前がまぶしく輝いて、目を閉じてしまいました。
少しして、天使がサーヤの手を握りました。
サーヤが目を開けるとそこは…宝石箱を引っくり返したような光の洪水でした。
サーヤは一つの大きな銀河を見渡せるところに浮かんでいました。
その美しさを表現するような言葉をサーヤは持っていません。
天使はいつの間にかサーヤの二倍ほどの大きさになっていて、サーヤの手をしっかり握っていました。
それからニッコリ笑ったかと思うとサーヤの手を放しました。
天使は両手を胸の真ん中で合わせ、それからゆっくりと両の腕を大きく広げました。
まるですべてを包み込むように。
サーヤは天使がしたように手を合わせ、腕を開きました。
そのとたんにサーヤの中にとても温かいものが流れ込んできました。
自分が抱きしめているのか、抱きしめられているのかわからない深い安心感。
これまでに感じたことのないくらいの満ち足りた気持ちに、胸がいっぱいになってしまうのでした。
もう、ずっとこのままでいたいような気がしました。
天使がもう一つの箱をサーヤの目の前に差し出しました。
天使のガラスの目が星の輝きを反射し煌いていました。
サーヤは箱のふたを開けました。
そのとたん、今度はサーヤだけ箱の中に吸い込まれてしまいました。
一瞬目の前が真っ白になって、何が何かわからなくなりました。
「サーヤ、サーヤ。」
お母さんの声に目を開きました。
お母さんが心配そうにサーヤを見ていました。
「お帰りなさい。」
サーヤがニッコリして言うと、お母さんはサーヤを強く抱きしめました。
「帰りが遅くなってゴメンね。本当にゴメンね。」
お母さんは泣いているようでした。
「あのね、星がものすごくたくさんあるところに行ったんだよ。広くて大きくて、きれいだったよ。」
お母さんは何も言わず抱きしめていました。
お母さんの肩越しに、サーヤがいつも診てもらっているお医者さんがいました。
「もう大丈夫。今日はこのまま寝かせておいてください。寒がるようだったら脇の保冷剤は取ってもかまいません。が、今夜はお母さんもゆっくり休まれた方がいいですね。」
「来てくださってありがとうございました。」
お母さんはお医者さんを玄関まで送って戻ってきました。
戻ってきたお母さんを見てサーヤはびっくりしました。
着ている服がドロドロに汚れていました。
肌が露出している部分の所々に青あざや擦り傷ができていました。
サーヤの顔を見て、お母さんはバツが悪そうに笑って言いました。
「帰り道でね、自転車ごと側溝に滑って落ちちゃったの。気がついたら暗くなってて焦っちゃった。」
「痛い?」
「少しね。」
「お母さん、来て。」
「なあに?」
お母さんがそばに座るとサーヤは小さな腕をお母さんの首に回して抱きしめました。
お母さんもサーヤを抱きしめてくれました。
「お母さん、大好き!」
そう言ったとき、肩越しに棚に飾られたガラスの天使が見えました。
置物はいつも通りに棚のところで片膝をついて、二つの箱を捧げ持っていたのでした。
サーヤはいつかお母さんに、あの箱に入っているもののお話をしてあげようと思いました。