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 久々に昔話です

2009-02-04

えー…久々に過去の体験話をしたいと思います。
これもまた暗い話になりますが、今現在はこの体験も自分にとって学びにもなったし、貴重な経験であったと思っていますので愚痴ではないし、特に大勢の方に知っていただきたいという内容でもありません。
今回はある方に向けての発信になりますが、その方がこの記事を読んでくださるかどうか、目下のところ分かりません。
それに、その方にとってヒントになり得るかどうかも確信はありません。
ただ心の中に起こる不可思議さを客観的に見てくださればいいな…と思いつつ、書いていきたいと思います。
心理学や心の中の事象に関心のある方は『ほほ~…』と思える内容かもしれません。
…が、長いですから覚悟してください(笑)



私は子供のころから二十代にかけて本当に悩みが多く、常に迷い苦しみ、立ち止まり、逃げ腰になり…と繰り返していたように思います。
今回は二十代のことに焦点を絞って書きます。
私の最初の結婚は二十一になる年の春でした。
私自身は二十歳になって間もなく家の事情で一人暮らしを始めていたので、それに貧しかったので中学を出てすぐに就職、高校は定時制に通っていたので、まだまだ蓄えはなく、結婚といっても式も何もあげない結婚でした。
貧乏なスタートです。
でも子供のころから貧乏は慣れていましたので、それは最大の悩みではありませんでした。
ただ親や周りからアドバイスとして教えられることと実際とにものすごくギャップを感じるのでした。
もうだいたい年齢もバレてきていると思うので書きますと、私の親の年代というのは、まだまだ昔の因習を引きずっているというか……ぶっちゃけて言いますと『妻は黙って夫に従うもの』とか『女は男のすることに口出しするな』なんて理屈が今よりまかり通っていたのですね。
私は疑問でした。
『夫が間違ったことしても意見してはいけないのか?』『男はそんなに偉いのか?』
私の当時の主人はさほど亭主関白ではありませんでしたが、時々間違ったことはしておりました。
ずっと以前に離婚した理由としてコミュニケーションが取れない話を書きましたが、私が話し合いたいときでも黙ってしまう人だったので、それどころか短い感想を述べても黙ってしまう人だったので、どうしたらいいものかと悩みます。
そうした悩みは母や姉に相談していましたが、なぜか「あんたが悪い。」という言葉が返ってきます。
そんな時に言われるのが『女が前に出てはいけない』とか『妻は黙って夫に従うものだ』とかの言葉なわけです。意見を言ってもいけないらしいです。
姉からは「あんたは妻であり、娘であり、いつか母になるんだから、もっと大人にならんとね。」と言われ、(大人になるってことは夫の間違った行動を見て見ぬふりをすることか?)と悩んだり。
実際の件を話しますと、当時の夫は私と夜、外出から家に戻る途中に他家の家の前に置いてあった水槽をいきなり蹴って壊したのでした。私は一瞬(何が起こったのだ???)と思いました。
しかも悪いことした意識が、どうもなさそうに見えた(普通に笑っていたし、私には粋がって見せている風に見えたのでした)。
今の若い女性なら(何、コイツ!?)になるのではないかと思いますが、結婚する前から妻は出しゃばるなと教えられていた身としては迷うわけです。
ちょっと得意げに笑った笑い方も気になりました。
あれを平気でいるってのは良くないぞ~というのが、私の中にはあります。
だから言ったわけですね。(ちょっと時差は出たけども)
でも、何も返ってこないのです。
「わかった。」も「余計な御世話だ。」も何もなし。
私の言ったことを、どう受け止めたのかも分かりませんでした。
そうしたことが度々あって、私は彼がどんなことをどう考えているのか、何を思い何に感動するのか、そんなことが知りたくて、だんだん問いかけが多くはなっていったと思います。彼の心を、気持ちを探していたと思います。
しかし母や姉に言わせると私が悪い…。
理解できませんでした。母や姉の言ってることが納得いきませんでした。
私は彼の心に触れたかったのだと思います。
そして愛したかった。

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していることを見ていると、それについて黙ったままでいると、だんだん愛し方を忘れそうでした。尊敬の気持ちはとにかく目減りしていきます。
話すスピードが遅く、話すことは私には努力の伴うことでしたから、それに責める言い方にならないよう気をつけて話していたつもりでしたから、問い詰めていたつもりもありません。
なのに母や姉は意見を言った私が悪いというのでした。
母などは「男はおだてておけばホイホイ働くのだから、おだてて持ち上げとかないかん。」などと言いました。
その割に母はよく父を責めていましたし、私と姉に父のことを「憎んでいる。」とさえ言ったことがありますから理解不能でした。
私はだんだん日本の古い因習のようなものが嫌いになっていきました。
親の世代から言われることも、当時手に取った本も、妻とは夫がどんな理不尽でめちゃくちゃな行動をとっても従順でなければいけないらしいのですが、それでは妻というか女性の心の救いはどこにあるのか?
妻は夫を愛するのが当たり前らしいが、夫が愛情や尊敬に値しなくてもそうしなければならないとしたら、心はどうなるのか?
自分の知る限り、自分で自分を騙すことはできません。
ところが、私の考えを聞いて理解してくれる人がいませんでした。
せいぜい「大人になりなさい。」と言われる。
私の心の中には、ちゃんとした自分の考え方があったわけですが、周りに味方がいないというだけで、私自身、自分を肯定する勇気を持っていませんでした。
周りの言うことも受け入れられず、自分の意志も取れず……そんな時が長く続きました。
そうしているうちに、どうやら私は自分自身もどこかに落っことしてしまったようでした。

P1020180.jpg

当時、パン屋さんでアルバイトをしていたのですが、ある頃から私は理由もなく泣くようになっていました。
仕事や用事をしている時はいいのですが、何もしなくていいようなぽっかりした自由時間が出来るとオロオロと泣いてしまうのです。
何をしていいか分からない。
それが、ものすごく不安でした。
不安なだけで、さしたる理由もないのに泣いてしまうのです。
でも、そんな状態でもアルバイトや家の用事は難なくこなせていました。
当時の自分の感覚では『しなければならないことは出来るが、自分が何をどうしたいのか分からない』という感じでした。極端な話、ご飯を食べる時の箸の上げ下ろしさえ自信が持てなくなったのです。迷うのです。していいのか、いけないのか。
それは後で思いだしたとき、まるで呼吸をするロボットか人形みたいだったな…と思える有様でした。
命令されたら出来る。されなかったら迷う。
でも、最中にはそんな感想述べてる余裕はなくて(笑)不安がだんだん大きくなってきて、主人がいるときでも泣くようになってしまい、理由を聞かれても答えられなくなっていきました。自分でも自分が泣いてる理由がわかりませんでしたから。
そのうち、一人でぽかんとしている時など(いつも泣いたあとボンヤリしていた)自分が存在することが変だなと思うようになりました。
自分の存在が無意味に思えたのです。
このまま存在しても存在しなくても、何にも影響しない何にもならない、どうでもいい存在。悲しいも切ないも何もなくそう思っていました。むしろ無意味なら消した方がいいと思いかけていました。居るだけで無駄な気がしました。

P1020113.jpg

そんな時、主人が私の様子がおかしいと気付いたのです。
彼は「自分がしたいと思うことだけをしろ。」と言ってくれたのです。
それからは自分のしたいことを探すような感じでした。
一瞬一瞬の行動…何を食べたい、飲みたいの段階から考えないと零れ落ちてしまうので、都度都度に考えるのです。
したいかしたくないか自分に確認しながら行動するのです。
私も今の自分と以前の自分では、まるで違うことだけが分かっていました。
でも、どうしたら以前のような自分に戻れるのか分かりませんでした。

CA390175_20090204015913.jpg


ある日、私は主人と地元の商店街を歩いていました。
誕生日が近かったころなので夏ですね。
商店街の中のレコード店に立ち寄って、店頭にプレーヤーで流しているアルバムを見ていました。なぜか分からねど、その曲が気になりました。
すると主人が誕生日プレゼントにと、そのアルバムを買ってくれたのでした。
家に帰って早速そのアルバムをプレーヤーにかけて聴きました。
やっぱり何か引っかかる。そんな感覚は久々のことでした。
私は、その曲の歌詞が知りたくなり歌詞カードを読みました。
読んだはずでした。
一文字一文字は確かに読んだのです。
でも、頭の中には何も残っていませんでした。
「あ」も「か」も「は」も、きちんと読んでいるのに、読んだ尻からどこか暗闇の中へ零れ落ちていくようで、たった5~7文字の単語すら、私の中には形成されなくなっていました。ショックというよりはビックリしたのでした。
文字は分かるし、読めるのに、読んだ数文字が何を表わしているのか分からない不思議さに唖然としました。
私は読書は好きな方だったし、文章を書くのも好きな方でした。
結婚して以来、文章を書くということはしなくなっていましたが、詩を書いたりすることも、もともとは好きな方でしたから、だんだんビックリがショックに変わってきました。
でも、とにかく、その時はアルバムの歌詞を知りたいという気持ちが強かったのです。
文字は読めるのだから、あとは頭に定着させればいいのだと思いました。
歌詞の一行を何度も何度も繰り返して読み、一行目が意味を成したら二行目へ…という読み方で、一曲の歌詞全体を把握するのに何時間もかかって頑張りました。(夫が自分の好きなことだけしろと言ってくれていたことが有難かった瞬間ですね)
そしてアルバム全体の歌詞を把握するのに数日を要しました。
でも歌詞が理解できて、なんとなく親近感の持てる歌詞だなと思ったのでした。
親近感というか、同じような思いが自分の中にもあるような気がしました。

CA390174001_20090204020012.jpg

もともと詩を書いていましたから、今度は私も久々に詩を書こうと思いました。
これまた一筋縄ではいかなくて、文を書くことは書くのですが何かが違う。
どこかから借りてきた文。借りてきた言葉。
(これは私の言葉ではない…)ということだけが分かるのでした。
これまでに見聞きした言葉が記憶の領域から浮上してきただけのものだ、というのが分かるのでした。
それでも、とにかく浮かんでくる言葉をかまわずにノートに書いていきました。
ずっと書いているうちにチョロッと出てきました。
自分の中から出てきた言葉だと思えるものが。
そのまま書き続けました。
そうしてノート一冊くらい書いていった私自身の言葉は……最初は世の中を責める言葉でした。書いてる自分が恐れおののくような呪詛に近い言葉です。
自分の周りにいて何も分かってくれない、分かろうとしてくれない人たちへの攻撃の言葉も出てきました。
それはもう、自分でも目を覆いたくなるような自分です。
黒い塊といってよいでしょう。そんな自分が堰を切ったように出てきました。
そうしたものが出てきた最初には、自分で怖くて、書くのをやめようとしました。
でも、何かが書き続けろと命じたのでした。
ありのままの自分を見ろと。受け入れろと。
それで勇気を出して最後まで書いたわけです。
幸い、黒いものが全部表出したあとから、なぜかイモ蔓式に愛と光と表現していいような自分もズルズルと表出してきて、だんだん先に書いた黒い自分の反省のような形になっていったのでした。
世の中を責める思いに対しても、許しと理解が生まれていました。
私の周りの、どう考えても不条理な理屈を教えてくれる人たちもまた迷い苦しんでいることなど、責めを打ち消す、ぬくもりを持った言葉が出てきて、最後まで書ききることによって私の中で光と闇がバランスをとったように感じました。
安定した自分が戻っていました。

yukoさん2
この写真はyukoさん から以前拝借しものを使わせていただきました



この経験は私に心の不思議さを教えてくれました。
私は多分、私の周りにいる誰よりも心の構造というものに触れたのだと思いました。
ごく平べったく一連のことを振り返ると、私の状態は『自己喪失』した状態だったのでした。軽いノイローゼという言い方でもいいでしょう。
専門用語だとどう言うのでしょうね。
今なら鬱とでも言うのでしょうか。
こうなった主たる原因は、私が周りの考え方を受け入れることも自分の考え方を肯定することもできなかったことです。
どっちかを選択する勇気がなかった。
自分を取り戻してからは『不良でもいい。自分は見捨てない。』が、私の秘かな標語になりましたが(笑)、それ以前は周りから認められたい自分と、自分の考えが正しいと主張する自分の間で宙ぶらりんになってしまって、その時間が長かったため、静かに自分を失っていったような気がします。
どんな場合でも『宙ぶらりん』というのは、よろしくありません。
そして自分で一番注目したのは先に黒い塊が出てきて、それに続いて愛と光の自分が戻ってきたことです。くっついていると思いました。
黒い塊というのは、実は自我というものです。
愛と光と表現したものは善我。
以前、別のところで書いた天使の自分と悪魔の自分ですね(笑)。
私自身の感想では、本当にどっちも大事なんです。切っても切り離せないもの。
少なくとも肉体をまとってこの世を生きている間は。
黒い塊がなんで大事なんだ?と思われるかもしれませんが、黒い塊に見えるのは自我の表面を執着というものが覆っているだけなのです。
自我こそは本当の自分と言えるかもしれません。
執着というのは、人がこの世に生まれ出て以来、自分が知らずに付けてきた魂の汚れのようなものです。誤った考え方や誤った意識の色です。
誤った考え方や誤った意識は改めることが出来るものです。
改めていくことが出来たら自我も黒い塊ではなくなります。
水晶のように透明な自我は、その奥にある愛と光をそのまま自我の姿として映します。(そこまで透明にできたらいいな~と思いますが。私はまだまだですけど生涯のテーマです。)
黒いから、醜いから、これはいらない。自分じゃない。と言っても、自我こそが自分自身のありのままの姿を一番表わしているのです。(この世を去った時に自我こそが自分の姿になるのだと思います)
しかしながら自我のそのまた奥にはどんな黒い衣を付けてしまった人でも、愛と光に満ちた神仏と繋がるもう一人の自分を持っているのです。
ただ自我が汚れたままでは繋がっていながらも通じない…。

P1020026_20090204020919.jpg


昔、姉と心の中のことについて、よく話をしたのですが、そうした中で人によって心の中にある事象の捉え方が違うらしいと思いました。
一番よくあるのは片側の自分しか見えないというか、分からない人が多いようだということ。自分の汚い部分ばかりが見えてしまう人は、人間が美しいものには感じられなかったり、自分の美しい部分だけが本当の自分だと思っている人は人の過ちや世の中の汚いことが受け入れられなかったり、度合いもあるのですが、だいたいはどちらかに偏っていて同じ比重で見ることが出来ないように思いました。
でもバランスが悪いと知らず知らずに自分も傷つけ、人も傷つける方向になってしまうように思うのです。
人は肉体があるうちは理性を働かせて自他を傷つけることを最小限に抑えることが可能ですが、理性で抑えるだけでは根本的な解決にならないのです。
自我の表面に付いてしまっているものを磨いていくことがベストだと思います。
こうした方向での正しい心の修行論を説いているのが仏法真理です。
私は二十代の頃は仏教なんて葬式の時にしか用のないものと思っていて、そんな道筋を説いていることなどまったく知りませんでした。
今はとある宗教の本当に末席にて細々と勉強していますが、そこに通い始めたころにそこの職員さんに「仏教は暗いというイメージしかない。」と言って、ショックを与えたくらい何も知りませんでした(笑)。

hammog 007


なぜ今こうした話を書く気になったかというと、これはもう本当にある方へのメッセージです。
その方は、私が見受けたところ、かなり危ない線上に立っている気がしました。
その方のブログへのコメントをどうしたものか迷いました。
その方へは…天上の神々は言霊の大切さを知っているから少なくとも相手が誰であれ「死ね。」とか他の煩雑な言葉を使わないと思う…と言いたいのです。
どんなに気さくな神様でも、です。
ブログに書かれている自動書記が真実だとすれば、私の思いつく限りでは、それは神様ではなくて騒霊です。
騒いで掻き回して喜ぶ邪気たっぷりなものですね。

少し話が逸れてしまいますが、憑依現象というものは本当にあります。
それは心の隙間に忍び込みます。
憑依する霊はだいたい憑依される人とチャンネルが合ったので憑くのです。
憑依される側に原因があるということです。
その方のブログを読み進んでいくうちに、心の中にあるものを見るバランスがとれていないのではないかなと思い、今回この話を書いてみました。
でも、読んでその方の糧になるかどうかは…自信がありません。的外れな可能性もあります。
ただ信じたい。
その方が真っ直ぐに自分自身と対峙することを。

そして安定した自分を取り戻すことを願います。

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☆鍵コメさま

そちらに行ってお返事させていただきましたm(_ _)m

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鍵コメ様

あとでそちらへ行ってお返事しますねe-463

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