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 姉と弟

2007-11-08

今日も二連チャンでいきます。
早いとこ本題に差し掛かりたいのです。
本題はあともう少しで始まります。
いや、本題も苦しい話かも知れないんですけどね。
でも、奇跡へ向かう話です。(個人的に)
私には弟がいるのですが、姉とは2つ弟とは5つ離れています。
弟は両親にとって待望の男の子だったようで、姉いわく、かなり大切にされていたということでした。
特に母の私たちに対する態度と弟に対する態度がまったく違っていたらしく、姉は子供心に弟が憎たらしいと思うことがあったと言っていました。
私は子供の頃はあまり弟に対して思うところがなく、ただ『なんか小さいのが追いかけてくるな』ぐらいの印象しかなかったのでした。
でも、実のところ、あの両親に一番振り回されてマイナスの影響を受けてしまったのは弟だったように思います。
弟が小学4~5年ぐらいだったと思うのですが、ある日父は突然『スパルタ教育宣言』をしました。
父の言うには、母が弟を甘やかしすぎるので、このままでは腑抜けた男になってしまうということでした。
後々母が口にしたことですが、母には『将来、この子に面倒を見てもらう』という意識があり、そのためにチヤホヤ甘やかした感じは、母の言葉から感じ取れました。
ただ、父の言うスパルタ教育も無茶苦茶でした。
父のは教育ではなく、ただの暴力でした。
弟がなすすべもなく、父に殴られて縮こまっている姿を今もありありと思い出せます。
父はほんのちょっとしたことでも、弟を殴りました。
しかも殴っているうちに興奮してきて、目の色が異常にギラギラしているのが子供心にもわかりました。
私たちが止めても父は止まりませんでした。
この頃の私と言えば、たとえば父が酔っぱらって殴っても怖くはありませんでした。
酔っ払って殴られると私は頭にきて「もっと殴れば?」と父を睨みかえしていました。
すると父はハッとして振り上げた手を止めるのでした。
しかし、なぜ殴られるのかもわからないまま殴られる弟は可哀そうでした。
やがて弟は自分の部屋に籠るようになり、誰に対しても心を許さず、誰の言葉も聞かなくなり、噛みつくような態度しかとらなくなりました。当然でした。
母の打算の愛、父の感情任せの暴力。それに翻弄されたのですから。
このことを思い出すと、今でも両親を『許せん!』と思ってしまいます。
いま現在の弟を見ていると、この頃の心の傷が癒されずに残っているのが感じられます。
弟が部屋に籠るようになって初めて(あれは私の弟なんだ!)と自覚しました。
慰めてあげたいけど、弟が誰も信じられない気持は、とてもよく理解できました。
だから私は弟にどんな小さなことも無理強いはするまいと思いました。
私のことも信じたくなければ、信じなくてもいいと思いました。
ただ弟の心を何とかして和らげてあげたかった。
だから時々、弟の部屋に入り、弟が私をものすごい目で睨んでも許せました。
わたしはお菓子だけ置いて「あとで食べ」とだけ言って部屋を出るのでした。

なぜか、弟のお籠りは長くは続きませんでしたし、父の暴力に対してはだんだん姉も実力行使に出るようになっていました。
夫婦喧嘩はいつの間にか父対母子マッチに変貌していったのでした。
私自身は酔っ払いと暴力が大嫌いになっていましたし、父を軽蔑しまくっていましたので(こんな奴と同じことはしない!)と、堅く心に決めていましたから、ほとんど親に対しても誰に対しても手をあげたことはありません。バトルになっても暴力を止めることはしましたが自分から殴っていくことはしませんでした。
しかし姉と弟は違います。手も出せば足も出す。本当に戦っていました。
では子供はみな母についたのかと言うと、そんなこともありませんでした。
大きくなってくるとある程度事情もわかってきますし、暴力よりも鋭利な言葉があるということもわかってきます。
私たちが父に対抗したのは『非力な女に暴力をふるうのは最低だ!』と思っていたからだけです。それにかえって『暴力に出たとき、父は自ら負けを認めたも同じだ』とも思っていました。母の言葉は本当に相手の心臓をえぐるように鋭利なものでしたから、母にも同情の気持ちは湧きませんでしたが、とにかく暴力だけはゆるせなかったのです。
だから私は姉や弟のように力での反撃はしませんでしたが、父が母を殴って母の顔にどす黒い青たんでもこしらえた日にゃ、父を無言で睨みまくる日々が続くのでした。
父が何か言おうとしても聞きません。私に触れようとしてもサッと身をかわして触れさせません。その方が応えるのか父は日に日に萎れていきます。
父の顔に元気がなくなり、肩が力なく下がってくると可哀そうになって、こちらから話しかける。そんな感じでした。
この頃に、自分が心で思っていることをもっと言葉にできていたら、状況は違っていたかも知れないなと、今頃にふと思うことがあります。
言葉は常に私のネックでした。

私たち子供は、互いに言葉でそう交わしたわけではありませんでしたが、私が『親がダメなら子供同士で守り合おう。少なくとも姉と弟は守ろう』と思っていたように、姉や弟もそう思っていたように思います。

CA390115.jpg

姉と私とは性質が真逆というか、小さい頃から大変対照的でした。
私は自我が目覚めるのが遅い子供だったと思いますが、姉は多分生まれながらに、しっかりした自我を持っていたのです。
だから思ったことを即効で言葉にして発することが出来るタイプでした。
私と言えば自分が思っていることを、捕まえるのに必死なタイプ。
考えなければ自分が、何を、どう、感じているのかも解らないのでした。
でも幼少時の姉にとっては自分が感じてることがわからないこと自体、きっと理解はできなかっただろうなと思います。自分のことなのになぜ?くらいな感じだったろうな…。
要は、以前言語のことも少し書きましたが、心の中にあるのは信号のようなものであって言語になってないので、それにピッタリとフィットする日本語を探すのに苦労したことと関係するのだと思うのです。
子供の頃の私の心の中は言わば混沌の世界だったわけです。
それ故、私は人から何か話しかけられても直ぐには答えられない子供でしたが、姉はハキハキ答えるし、きっと聞かれなくても自分の感じたまま、思ったままを直ぐに言葉にできる子供だったのです。
打てば響くタイプ。私は打ってもなかなか返って来ないので相手をイライラさせてしまうタイプ。本当に真逆でした。

それから姉は人を呼ぶ体質というか、それはもう小さい頃からですが人の中心に立ってリードしていくのでした。
子供のころ、最大では40人くらい近所の子供が姉のそばに集まっていました。
姉は楽しい遊びを考える名人でもあって、みんなで空き地にあいている大きな穴と廃材を利用して隠れ家を作ったり、探検と称して普段は行かない遠方まで弁当持参で歩いて行ったり、廃屋を見つけたら隙間から忍び込んだり、常に姉が提案し、みんなが喜んでついて行くという感じでした。私は常に姉にくっついていましたから、そこでだけはみんなと一緒になって飛んだり跳ねたり、大声で笑ったりしていたのでした。
子供が集まるのですから喧嘩する子も出てきますが、そういったことも姉は両方の話を聞き、上手に仲裁していました。
子供の頃の姉は、私から見ても誇れる存在でした。
みんなも姉に諭されると考えて、お互いに謝ったり、今の大人でも難しいようなことを子供の姉がやっていた印象があります。
子供同士で暗黙のルールのようなものがあり、年上は年下を助ける、強い者は弱い者をいたわるというのが当たり前でした。
そして姉の号令でみんなが家から何かしら食べ物を持って集まるのですが、うちも貧乏でしたが、もっと貧しい家の子もいて、何も持ってこられない子もいたりしたのです。
そんな時はみんなが持ち寄ったものを一か所に集めて公平に分けて、誰も悲しい思いをしたりしないように配慮していました。
当時の子供はみんな寛大で、何も持ってこなかった子が同じように分けてもらうのを見ても何も言わなかったのです。むしろみんなで分け合うことを喜ぶ、そんな空気がありました。大人世界で言うと共産主義ですか。
ただ、共産主義は全員の心が純粋でなければ成り立たないものだと思いますので、子供だからこそ出来たことだとは思います。
私が妹だからと特別に扱うこともなく、どの子に対しても優しかったのでした。
だからこそ、私もここでだけは自由でいられたと思います。

大人になってからは…特に私が10数年大阪を離れ、久々に戻ってきてからしばらくの間は、やはり空白を埋めるのに一苦労はありましたが、基本的に面倒見がよく、自分よりさきに人の事を考えるところなどは、いま現在も変わっていません。
この姉には随分助けられたと思っています。
たとえば、子供の頃の私の癖として、何かを始める時、『してもいいのか、良くないのか』と考える傾向があって、いつまでも始められず悶々と悩んでいたりしたのですが、そんなとき姉はさりげなく『したかったらしたらいいし、したくなければしなければいい』と言ってくれるのでした。そう言われて初めて、私は自分がしたいのかしたくないのか考える始末です。こんなことが何度もありました。
私は自分の意思をすぐに考え忘れるのでした。
特に相談するわけでもないのに、姉はヒョコンとナイスアドバイスをくれるのでした。
だから、この姉なしに今日の自分はないと思っています。影響力絶大です。
だからでしょうか、思い出の中で学校や家庭内の色彩はくすんで灰色ですが、姉と行動していた空間は光り輝いているのです。
そこでだけ、私は本来の自分を発揮することができました。
一日のうちに、そんな時間があったことこそ、本当に幸運だったと思っていますし、姉がいなければ、そんな場所もなかっただろうと思うのです。

でもま、姉妹ゲンカはしてました(笑
真逆ですからね。たとえ兄弟でも理解し合うためのケンカは必要なんじゃなかろうかと思います。
いつも勝てはしないんですけど、勝ち負けではなくきっと、こんな時期に兄弟は互いに良いところも悪いところも見せ合って、家族としてまとまっていくのだと思うのです。
もちろん、ケンカの度合いとかはありますけどね。
今では、どこへ行っても大変仲がいいと感心されます。

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おはようございます

そうだったのですね…
弟さん、暴力は怖かったでしょうね‥
私もよく殴られたり真冬に裸で外に放り出されたりしていましたから
弟さんの恐怖心が・・わかります。

でも、ご兄弟がいて本当に良かったです(*^^*)
私もお姉さんが欲しかったです。
お姉ちゃんって、憧れます(*^^*)

☆海月さん
海月さんは、もしかしたら一人っ子ですか?
だとしたら辛かっただろうと思います。
私は姉がいたから救われていたし、弟があのままグレる方向へは行かなかったのも、何とか支えにはなれたからかなと思ったりします。
もしも私が一人っ子だったら…と考えると恐ろしくなります。
何らかのニュースになってたか、人生破壊して、こんなふうにブログ書いて楽しむなんてこともなかったかも知れません。
だから、海月さんも強いと思いますe-420
あんな素敵な写真を撮ることが出来るまで自分を支えてこられたのだと思うと、何でしょうね、本当に嬉しいし感謝したくなります。
こんなことを言っていいのかどうか、わかりませんが…
生きていてくれてありがとうって、思ってしまいます。

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