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 ねこ☆まんが

2007-08-01

会社のHP更新用に作ったものがわりと面白くできたので、かっぱらってきました。
こっから一週間ほどお休みします。
多分、脳天気な記事か、うまくいけば花火の話題でまたお目にかかります~


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 マニュアル(BlogPet)

2007-08-02

きのうはASTでマニュアル本も不足ー!

*このエントリは、ブログペットの「Yuki」が書きました。

 パンドラの箱

2007-08-07

時々ランキングをチェックするとき、興味をそそられるブログをあちこち訪問してましたが、そのブログはなんというか興味の他、見たくないような気持ちが交錯するブログ名でした。丁度「見たい」と「見たくない」が五分五分の力で均衡する。その不思議さにとうとう読み始めてしまったのです。ブログ名は「僕の離婚バトル~仁義無き戦い」。。。。。。fc2ブログではありません。
やっとこさ第一章にあたる部分を読み終えた今、このブログを一言で表現するなら「パンドラの箱」と言うべきか……。


すみません。本来は花火か脳天気ネタの予定でしたが、明日か明後日に持ち越しさせていただきます。


パンドラの箱は開けてはいけないものです。
開けたら最後、箱の隅に残っている希望を見つけなければいけません。
私は身内の中では比較的本を読む方です(マンガからエッセイ、小説、実用書等々)。
そして時々読み始めて後悔する作品に出会います。
読み始めて後悔するとはどんなものか。
私の場合は心理的に追い詰められる作品というか、不条理な状況の中で出口の見えない世界に突き落とされたように感じる作品です。
そんなの途中でやめればいいと思うかも知れませんが、私は多分物語の中にドップリ浸かってしまう性質があるのです。
『しまった!』と思った時にはもう、主人公の苦しみは私の苦しみです。もちろん幸せなストーリーであれば主人公の喜びも私の喜びです。
客観視してる部分もありますが、だいたいドップリコです。もう完璧な疑似体験にハマッています。
話が不条理であればある程、なぜこうなってしまうのか、本当はどうすれば良かったのかアレコレ考えてしまいます。
ややこしい苦しい話など、本当に胸がギュッと締め付けられる思いがします。だからかえって読むのを中断できないのです。
きちんと話が解決しないと私の心が苦しいままになってしまうからです。
これまで何度かそんな物語にぶち当たり、それはそれで心の糧にはなっていたと思いますが、明確にイメージを持ったことはなかったのです。
ところが「僕の離婚バトル」を読んで初めてパンドラの箱という明確な言葉が浮かんできました。
ただし以前読んだものはフィクションですが、このブログは限りなくノンフィクションに近いものです。
私は読んでいて何度も泣きました。苦しくて、姉といつものような軽い会話が出来なくなった時もありました。
このブログを特に紹介したくて、ここに出したのでもありません。
これは本当にパンドラの箱だと思ったのです。開けてはいけないものかも知れないと思いました。
でも、どうやら書籍化されるそうでパンドラの箱を開ける人も沢山出てくるのだろうなと思います。
もし開けてしまったら最後まで読んだ方がいいと思います。
私にとっては大変ショッキングな人物が出てまいります。
なぜショッキングかというと人間が誰しも持っているものの塊と化した人物だと思ったからです。
私の心の中にもそれはあります。
ただ、それにここまで支配されている人間がいようとは思いもよらなかったのです。自戒の念が働きます。

重ねて言いますが、このブログの宣伝をする気はまったくありません。
気持ちの弱いという自覚症状のある方は本が出ても読まない方がいいかもしれないと思ってしまう。
しかし人間に興味があり、人間として成長したい方には良い糧となるかも知れない。
結局宣伝してるようなものかも知れませんが、ただこのブログについて語り合う相手が欲しかった…というのが、本当のところです。
いや、もしかすると自分の心をまとめたかっただけかも知れません。
ここのブログのコメント欄は度々荒れるようですので、ここのコメント欄で誰かと意見交換したいという気が起こりませんでした。
管理人さんもコメント欄の管理にかなり苦労されているように思いました。でも何かしら私の心は久々に何か言おうとしてる。
本当はノートに書いてみる方がいいんだろうと思います。
書いていれば何か出てくる感じがします。
やっぱり、ただ巻き込みたいだけかも知れません。←無責任

パンドラの箱を開けてみたいと思ったかただけフタを開けてください。
ただし、開けたら最後まで読むことをお勧めします。
私はこれから次のタイトルの話に入っていくところです。


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 花火の写真は難しい&キャー\(◎Д◎#)/

2007-08-09

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今回タイトルに多少の偽りがございます。
正しくは『花火の写真難しい』です。

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先日(8/4)淀川花火大会がありました。
前々日までは覚えていたのに、当日私はすっかり忘れていたのです。
夜8時にいきなりドーンと、すごい音がして思い出しました。
そして慌ててベランダへ。。。。。
はい、うちのベランダから花火が見えるのです~
狭くて自炊も思うようにならないヘボい部屋ですが!年に一度だけ!この部屋で良かった~! と思うのが、この淀川花火大会の日なのです
P1000957.jpg

建物にはばまれて下の方で展開される花火はあまり見えないのですが、上の方に打ち上げられた花火は大変良く見えます。
ほぼベランダから真正面。
去年は小さいイスを出し座ってビール飲みつつ鑑賞していました。
姉は花火大会の交通規制にはばまれて来ることが出来ないので一人で見ていましたが、今回はブログに載せたい!と思っていたのでデジカメで撮りまくっていました。
隣室ではご家族が見に来ていたようで、男の子の歓声と拍手の音が聞こえてきました。(男の子はとても感動していたようです)
そして多分お父さんか誰かのシャッターを切る音。


P1000888.jpg

私も花火が打ちあがっている1時間の間に200枚ぐらい撮りました。
途中でメモリーが一杯になるので焦ってパソコンに移して、また撮る繰り返し。難しいのはタイミングでした。
シャッターを切ってから写り込むまでに時間差があって、一番いいところがどうしても撮れないがーん

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大玉の花開いた、丁度いいところがどうしても撮れなかったのでした。
あとですべての写真をチェックしましたが、真っ暗とか、火の粉が落ちていくところが多く、それにも増して多いピンボケ写真
くやし~い!と思ったりしましたが、もともと悔しがれるほどの腕もなし絵文字名を入力してください
どうにか厳選して、この程度でございます~

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でも花火は本当にきれいだったんですよ~




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ポッチリお願いします。

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はい、こちらもうる




   &キャー\(◎Д◎#)/はここから…

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 きのうは我慢したの(BlogPet)

2007-08-10

きのうは我慢したの?

*このエントリは、ブログペットの「Yuki」が書きました。

 パンドラの箱・2

2007-08-11

今日からお盆休みに入ってます。
今しかチャンスはないと思い、「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」の
k子との出会いを読みました。
何かわかるかなと思ったのですが、私が知りたいようなことは何もわかりませんでした。

私は子供のころから、わりと自分の心を見つめる性質でした。
内向して人とまったく喋れない時期とかもあったので、自然とそういう風になってしまったというところです。
そうした人と話せなくなって、後に話せるようになった一連の出来事もいつかブログに書こうと思いつつ…なぜかブログはどんどんおチャラケた方向(人形にハマったり、常日頃の自分のドジで)に向かい、なかなか書くキッカケがつかめなかったりしていますが、常に心を見つめていると心の中のいろんな現象がある程度、見えてきたりもするのです。
それを人に説明するのは非常に困難で『やめとくか』という気分が優勢でした。しかしk子という人物の存在に本当に衝撃を受け、うぬぬ~となってしまいました。
「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」を読んで私が感じたことは、あのブログを読まれた多くの人の感想とはだいぶ異なる気がします。
表面的な部分では同じような人もいるとは思いますが、まず私の感じた(見たと表現してもいいですね)ものを説明するために、私は私の経験談を一つ書こうと思います。
それを書いた方が、ある程度はわかりやすくなるかなと思うからです。
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私が喋るのが超スローモーだという話は、ちゃーみー♪さんへのコメントで知っている方もいらっしゃると思います。(今は子供の頃よりは、かなりスピードアップしております^^)
母親がイライラするほど、ということも書いています。
私の母は大阪で言うイラチに属する人でしたから、私が何か伝えようとしてなかなか言えなかったり、言われたことを理解して動くまでに時間がかかったりすると頭ごなしにどなる人でした。
私は母に何か言われるたび地面にめり込んでいくような心境で育ちました。ついでに家のことをサラッと紹介しますと、大変貧乏で年がら年中夫婦げんかしているような家庭でした。(平和な時もあったと思うのですが数えるほどしか記憶に残ってません)
ま、育って行く過程でかなり母の言葉が心に突き刺さっていたのでした。中学生になったぐらいから『早く自立したい』と考えていましたし、グレてグチャングチャンになって親を困らせてやりたいという衝動に駆られたこともあります。私は両親に愛されていないと思って育ちました。母には嫌われているとさえ思っていました。
グレることを思いとどまった理由は『この人たち(両親のこと)は、私が自分をグチャングチャンにして訴える価値もない』という、めちゃめちゃ冷めた理由です。いや本当のところは自分をダメにするのが怖かっただけかも知れません。それに途中で気づいてしまったのです。こんなに心が荒れ、両親を責めてしまうのも、愛されたい心の裏返しだと。そして荒れるのは本当は自分が両親の愛情を求めているということも。でも両親をどこか軽蔑していた私が、それを望む資格があるのかと、アレコレ考えました。とにかく幼少期から二十歳頃まで、家庭のことで苦しかった。

でも二十歳になったとき、ふと考えたのでした。
両親と自分を比べてみたのです。
両親はこの世に生を受けてから、もうかなりの時間がたつ。
私はこれまでずっと上り坂で、あともう少しは登るだろう。
一方両親は一番頂点から下り始めてどのくらいだろうと…。
どこかで人間の成長のピークは二十歳で、それ以降はゆっくりと衰えていくと聞いたことがあって、それに照らし合わせての思考でした。
では、どっちの方が今力があり強いだろうかと。
単純な思考です。私は自分の方が強いのだと思いました。
そして『強い者が自分より弱い者に対して愛してくれと望むことに無理があるな』と。
今度は私が愛さなければおかしいと。

単純ですが、こう考えたことで私の心はそれまでになく軽くなり、楽になりました。
そして愛されることを望むより、愛する方が幸せなのだと知りました。
それでも心の中には、昔突き刺さったままの母の言葉のナイフが残ったままでした。それは時間がたっても時々ジクジクと痛み、どうしても母を責めてしまう原因になっていました。表だって母を責めたのではなく、母を責める思いが心の中に湧いて来ることが苦しかったし、今一つ素直になれない原因だと思っていました。
そこで母に聞いてみました。
私は母のいろんな言葉でいろいろ傷ついたけど、なぜあんなことを言っていたのかと。
母は私の行く末を心配し、意地を持たせようと思って、わざとキツいことを言ったのだと答えました。母も子供の頃、キツいことを言われて最初は悔しかったけど、なにくそと思って頑張っていたら、そのキツく言われたことが実は自分を大変成長させてくれていたことに気づいたことがあったのだそうです。それで超スローモーな娘を案じ、意地を持たせようと叩きまくったというのが真相だったのでした。
それを聞いて『憎さからじゃなかったんだ』と理解しました。
が、(母ちゃん、相手を間違えているよ)とも思いました。
私は性格的には母とは全く違います。
どちらかといえば競争の出来ないタイプ。
人に対して「ちくしょう」とか「今に見てろ」とか思えないタイプ(今は違います)。
姉だったら多分叩かれた分跳ね返そうとするでしょうが、私は叩かれた分素直にめり込んでいく性質でした。
でも、母が私のことを案じていてくれてのことだったと解ったので、成否はともかく、それ以来、母を責める思いが湧いて来ることもなくなりました。
それで、私は母の件については解決したと思っていたのでした。

ところが何年もたって、母もすでに他界した後、気づいたのです。
自分の中の「泣いている子供」に。
私はわりと物事が絵になって浮かぶのですが、自分の心の中に常に何か重いものがあるのは感じていたのです。でも、それが何なのかわかりませんでした。なぜそんなものを自覚するかというと、人と話していると勝手に涙が出てきてしまうという困った症状があったからでした。
普通の世間話程度ならいいのですが、真面目な重要な話をしていて心から何か言おうとすると、泣く気もないのにボロボロと涙があふれてくる。これは困った症状でした。
だから自分の心の中を深く深く見ていく。
すると、辿っていった底の方にうずくまって泣いている子供が見えるのです。
私は子供の頃に傷ついたものが、まだこんな形で残っていることに愕然としました。その子供は要するに傷ついたまま一歩も成長できないまま今日まで来てしまった自分の一部分ではあるけど、もう自分ともかけ離れてしまって、なだめてもすかしてもどうにも動かない厄介なものでした。私がその子供(かつての自分自身ですが)に語りかける言葉は、その子供の周辺で跳ね返ってきて届かないのでした。
私は折を見て何度も何度も自分の中の鳴いてる子供を何とかしようと試みましたが、むなしく数年が過ぎて行きました。
その間何もしなかったわけではなく、いろいろ本を読んだりしてましたが、なかなか思うようには解決できなかったのでした。
ただ、とある教えに出会って、その教えに沿って反省というアプローチをするようになってからの成果は大きかったと思います。
ある日のこと、また私は自分の泣いてる子供を見つめていました。
それまでは、ただ泣いているだけだったのに昔母に言われた言葉の数々を呟いていました。
ああ、やっぱり、あの頃の私なんだ…と思いました。
そして、それから程なくです。泣いてる子供を見ようとまた深く入っていくと、見えたのは子供の姿ではなく黒い塊のようなもの。
それが子供と同じように昔母に言われた言葉を呟いていました。
ここにきて初めて私は泣いている子供の正体がわかったのでした。
執着…です。
これは昔母に言われた言葉をガッチリつかんで離さず、母が言わなくなった後も、自分で何万回も繰り返し繰り返し私を苛んでいたものでした。
執着とわかったとたん(こんなものいらないや)と思いました。
それは、これまで長年占めていた場所から霧のように消えました。
それ以来、もう心の中に泣いてる子供はでてきてません。


この経験と「僕の離婚バトル」とどんな関係が?と、思われるかも知れませんが、私は読んでいる間中、ずっとk子が化物に見えてました。(ほぼ山姥系)
執着というものは誰の心にもあるものですが、これは通常刈り取っていかないといけないものなのです。
執着というものは、心の中でいろいろな姿になって現れる。
放っておくと心の中の領域にどんどんひろがっていってしまうものです。しかし通常はこれがあまりはびこると重く苦しく感じるものです。
宗教の勉強をしたことがない人でも、執着はわからなくても苦しさは自覚します。その苦しさを全部k子はご主人のせいにしてしまったようで、自戒の念がまったく見られませんでした。
一体ここまで化物になるには、どういうものの考え方をしたらなれるのか、と思うぐらいこれまた難しいことのように私は思いますが、ぜんぜん誉められたことではありません。
k子を探偵を使って調べたご主人をひどいと言って責めるコメントもあったようですが、ものの前後も正邪もわからない人もいるんだなと思うばかりです。むしろ、ご主人はもっともっと早くに気づいて調べるべきでした。
多分k子が、ご主人を殺してでも(その気十分あったと推察します)守ろうとした人物と付き合い始めたころなら、まだ正常な思考ができたかも知れません。罪悪感がいっぱいあったに違いないのです。
その罪悪感が膿んで膿んで…しまいには自分を頭から信じる夫に腹を立てたかも知れない。自分のわがままを何の疑問も持たず受け入れる夫にイライラしたかも知れない。
とりあえず判るのは、k子が夫への罪悪感をすべて自己正当化にすり替えてしまい、憎む材料にしたことです。自分がこうなったのは主人のせい…と、今では本気で思っているでしょう。

甘ったれんな…ですが。突き詰めていくと贅沢な暮しから脱せなくなっただけのことです。
ご主人との暮らしでは出来ない、豪華さに目が眩んだだけですから。
k子がご主人を追い詰めても守ろうとしたのは愛する人ではなく、「贅沢」だと認識しています。


人間には自己統御の能力があります。
自分のしたことを他人のせいにするのは自己放棄と同じです。
「お前は人形か!」と言いたくなるほど、この場合は醜悪です。
家庭を壊したのはご主人ではなくk子です。

調べず何もしなければ平和でいられたのに…という意見は単に「臭いものには蓋をしておくのが正しい」と言っているにすぎないと思います。
そんな主義で生きていたら不正蔓延り放題です。
騙されても平和な方がいいという人はそうすればいいと思います。
それが本物の平和だと思えればですが。

ただk子は本当に見た目美しい人で、本人もそのことは十分自覚していたんだろうなと思います。わがままを聞いてもらうことに慣れている人でもあって、そのことがk子の首を絞めたという気がします。
今はいいでしょうが、良い先行きは望めないと感じます。

以上が私の感じたことになります。
ノートには書いてませんが、書いてたら以上のような内容をもっと言葉激しく書いてるかな…でも、疲れると思うんでしません。
人を責めるのってすごくエネルギー消耗します。
後で実になることでなら責めもするが、実のない責めはしたくないです。





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 パンドラの箱(補足)

2007-08-12

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さて…タイトルを『パンドラの箱』にしたことを思い出し、「あ、希望が抜けてる」と思ったので、やむなく補足を書きます(笑)

この話に希望はあるのか…

私はあると思います。
「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」のトランさんが、この出来事をどう捉えているのかは分かりにくいですが、最後の最後、一歩も引かず立ち向かったことが唯一の『希望』にあたる部分だったのではないかと思います。

別な言い方をすると、トランさんが初めて正面から対等に元・妻と向き合った時かも知れないからです。
トランさんは妻を無視したり、ないがしろにしたりした覚えは一切ないだろうなと思いますが、嫌々ながら元・妻の立場から二人の日常を想像してみると、妻の方では『自分を真っすぐ見てくれない』と思っていたかも知れないからです。
何でも呑み込んでしまう、何でも許してしまう、では自分をどう統御したらいいか、わからなくなる一面も確かにあるのです。
(だからって、あそこまで行っていいとはぜんぜん思いませんが)

トランさんが自分には過ぎた美しい人を妻に出来て、日々幸せに感じていたのはわかります。
でも、妻に引け目のようなものを感じてはいなかっただろうか?
「自分なんかの所へ来てくれた」なんて思っていた部分もあるのではないだろうか?
女性も見惚れるほど美しい人で、仕事も出来、家事もこなし、非の打ちどころのない過ぎた嫁だと思っていたのではなったろうか?
ある種、女神のように見てはいなかっただろうか?
でも、正常なうちのk子さんは多分対等、もしくはグイグイ自分をリードしていって欲しかったのではないかと推察はできます。

同じ職場にいて、トランさんの仕事での姿勢は知っているk子さんも、トランさんが素では野心よりも普通の幸福を愛する平凡な男性であることを知らなかったのではないか?
k子さんの性質上(といっても推察ですが)、野心も向上心も並外れた人を慕う傾向があったのかも知れません。
そこへもしも、引け目を持ったようなそぶりで接せられたら…火に油を注ぐというか、図に登らせるというか…ああイヤ!こんなこと書きたくない!…トランさんを見下して見るようになっていったのではないかと想像します。
それが不倫をする前であるのか、後からかはわかりませんが、そういう心理的経緯があったかも知れないと感じたのです。
それプラス前にも書いた罪悪感がごっちゃになって統御不能になったのかも…と想像すると。。。。。

トランさんが元・妻と同じ立ち位置に立って、真正面に奥さんを見たのは、あの最後のバトルときだけのように思ったのでした。



これは余談ですが、また、私の経験談を一つ。。。。。

私が小学校の2年か3年か4年か、そのあたりの時のことです。
私はその頃はもうドップリと内向しまくっていて、誰とも話せなくなっていましたから、教室でもいつも一人でポツンとしていました。
本当は友達も欲しかったし、誰とでも何の心配もなく気軽に話したかったけど、どうしたらそう出来るのかわからず、いつも悲しげにくったくなく笑い話すクラスメートたちを見ていたと思います。
そんな私に一緒に遊ぼうと声をかけてくれた女の子がいました。
同じクラスのWさんです。
彼女はゴム飛びや縄跳びなど、みんなで遊ぶとき必ず私を誘ってくれました。彼女の誕生日にも他の人と同じように招待してくれました。
彼女はうちの近くの繊維工場のお嬢さんで、家は大変裕福でした。
私は家でもグズドンノロマと言われ、お前はダメだと言われ、自分は人に好かれるわけがないと思っていましたから、彼女の親切が本当に嬉しかったのです。
だから学校の帰り道、たまたま同じ方向なので一緒に帰るようになり、私は彼女への感謝のつもりで鞄を持ってあげたり、後ろから彼女を押して歩いたり、まるで彼女にジャレつく子犬のように彼女が大好きになっていました。
でも、他の子が彼女をニックネームで呼んでいるのに、自分だけWさんと呼んでいることが、いつも引っ掛かっていました。
私も友達なのだから、みんなと同じように呼びたい。
それである日、勇気を出して彼女をニックネームで呼びました。
すると「あんたは、その呼び方せんといて!」
私は凍り付きました。
でも言った彼女も凍りついているのが判りました。
むしろ彼女の方が衝撃を受けていたようでした。
その自分の言葉で初めて、彼女は自分が私を蔑んで見ていたことを自覚したのでした。子供でしたが、そんなことが瞬時にわかりました。
私もショックでしたが、これまで彼女がしてくれたことに嘘があったと思いませんし、本当に嬉しかったし、謝ってさえくれたらいつでも許せる心境でした。いや許すというより、子供なのになぜか、彼女が私を蔑むようにしてしまったのは私自身であることもわかりましたから、許すって言葉は適切ではないぐらいな気持ちで、私も謝ろうとさえ思いました。ただし、彼女が謝ったら…です。
自分から誤ることもできる心境でしたが、なぜか心の中で『それは、いけない』というブレーキがかかりました。

私は彼女を見ました。
しかし彼女はそこで意地を張ってしまいました。
「ふん!」と、顔をそむけて行ってしまいました。
それ以来、私は自分から彼女にじゃれつくのはやめましたが、彼女が私に呼びかけると、私は何事もなかったかのようにニッコリして「なに?」と返事しました。
その返事が彼女の期待していたものと違うらしく、彼女は見る見る表情を険しくして「ふん!」
また、顔をそむけて行ってしまうのです。
私は和解したいだけなのに、一言「ごめん」と言ってくれたら私も「ごめん」と言えるのに…と思っていました。
そんなことを何度も繰り返し、中学生になってからも彼女は時々私にからんできました。
彼女の呼びかけに私が普通に返事する。
中学生になると「ふん、本当は嫌ってるくせに偽善者!」と語彙が増えていました。周りの子は怪訝そうな顔をするだけです。
私はあのことで、これっぽっちも悩みませんでしたが、彼女はきっと自分の発した言葉が許せなかったのです。多分私が責めて攻撃した方が楽だったのだろうと思います。その方が自分を正当化できるから。。。と、今は思いますが、あの頃は彼女が発した言葉で彼女自身が苦しんでいることしかわかりませんでした。
苦しむ必要はないのに、半分は私のせいなのに、そう思っても彼女は私の言葉を聞いてくれませんでした。(あまりの不毛さに何度か追いかけたことがある)
これは彼女がよそへ転校するまで続きました。

なんとなくトランさんの心情と似ているでしょう?(まぁくつさん限定の問いかけ・笑)

人間の心は厄介な時は本当に厄介です。
そんなつもりじゃなかったなら、別に自分を咎める必要はないのに自分を責めてしまう。そして苦しいと相手の中にも自分と同じ醜さを見つけようとする。そうすれば苦しくなくなるとでも言うように…
これは選択の問題なのです。
自分の非を認めて謝るか、認めずに逃げるか。
逃げるとなぜか相手も自分と同じ位置に貶めようという心の動きが出る。
それは単に自分の心が平穏でなくチクチクザワザワ苦しいからです。
でもこの心の動きも、気付かなければ誰の心にも起こることなのです。
これもまた執着というものの一傾向だからです。
ことさら責めるものでもありません。
それより、気づける自分を作る方が進歩的なのです。

 突然映画紹介☆幸せのちから

2007-08-13

私は映画とか本とかではファンタジーやSF、冒険物などが好きです。
ロード オブ ザリングはかなり以前に本で読んでおり、したがってDVDも通常のヴァージョンでは満足できず、エクステンデッドエディションを揃えました(←これでもかなりの部分が抜けてますが)。
スターウォーズも多分全部揃ってます。(アニメ版がどうだったか…)
そいでもってパイレーツ オブ カリビアンも全部揃えるつもりだったりします。
特に映画通というわけではありませんが、この三作は特別好きなものです。
でも、何回も同じもの観てるとさすがに飽きるので、たまにぜんぜん知らないものを買って観ます。(←借りるのは何か面倒)
だいたいは気に入る俳優が演じているとか、タイトルに興味をそそられるとか、安いとか(←ここ大きなポイントです!)、そういった方向で選びます。安いってのが最優先にあるのでハズレと思う場合もよくあります。

今回はウイル・スミスが主演ということで買ってみましたので、普通の値段です。(いくらだったっけ…買ってすぐに観れることが稀なので覚えてませんが、ローソンで3000円代でした)
ウイル・スミスけっこう好きなのです。いい役者さんだと思ってます。
演じることに大変な情熱を持っていて(大抵の役者はみなそうですが)、その熱が伝わってくる役者さんだと思ってます。
それにハンサムですよねうふふ


映画のタイトルは「幸せのちから」thePURSUITofHAPPYNESS
全財産21ドルから立ち上がった父子の奇跡の感動作!となっております。
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派手なアクションとか何もない映画です。
主人公のモデルは実在の人物。つまり実話の映画化なのです。
ですから、ず~~~っと地味なシーンが続きます。
地味な上に、大変に苦しい状況が続きます。
生きて行くというたったそれだけのことが、時にとても困難になることがありますが、この主人公もまさに後がないどん底を経験します。
しかし彼は最後に幸せへの切符を手に入れます。
奇跡のようなことが起こって?
いえ、奇跡はまったく起こりません。
彼がしたのは私たちと同じ普通の努力。
ただ、自分の才能を信じこれまでとは全く違う世界に自ら飛び込んでいった。しかも彼はその自分の才能に絶大な自信があったわけではありません。どちらかというと破れかぶれ、行き当たりばったり。
ただ形振り構わず、自分の求めるものへ真っ直ぐに向かっていったのです。

私が驚いたのは、まさにこれが実話であったということです。
ウイル・スミスの演技に、最後の最後泣かされますが、これは人間はどんな苦境からでも立ち上がれるということを教えてくれる希望のストーリーだと思いました。まさに、それを証明した人の体験話なのですから。

観た後、これは多くの人に観て欲しいなと思いました。

さて、私はこれからペルセウス座流星群が見えるか…頑張って見たいなと思います。(見たらモチロン願い事をするッス)



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こちらもヨロシク♪

 ペルセウス座流星群(実況中継←?)

2007-08-14

hanabi3.jpg

いきなり失敗した花火の画像を持ってきたのには理由があります。
「今夜も流星見るんだい!ルンルン♪
 あっそうだ!どうせならブログにすぐアップしちゃえ!
 流星写真は無理でもピッチピチ獲れたての感想を(←?)載せればいい や!」と思っていたのに。。。。。


ナンデスカ、コノクモワ………

ただいま14日の1:11。
昨日3つの流星が走った北東方向の空が雲でおおわれている汗
昨日とちが~うnamida←ちょっとオーバー
いやいや、まだ少し時間がある。そのうち風が雲を動かしてくれるから全部は無理でも少しくらい雲の切れ間ができるさ(独白)


1:24
ベランダに出る。
あれ?この手すり濡れてる!?雨降ったのか?
ガーンアップロードファイル
でもさっきより若干雲の切れ間が出来ている!

ちなみに濡れたベランダ手すりと雲の切れ間を撮ってみましたが、デジカメ液晶がイカレているためフラッシュ設定とかできず(ディスプレイに設定の表示が出るので、それ見ないとわからない)、濡れたベランダ手すりは手すりまっ黒けで向こうの景色しか見えない。雲の切れ間は本当にまっ黒けで「闇夜のカラス撮りました!」と言っても信じてもらえそう…。
カメラ、ボツ。


1:44
ハッキリ霧雨確認アップロードファイル
でも空全体を覆っていた雲は北東方向に押しやられているようで、さっきよりは薄雲状態。切れ間もある!



1:53
さっきより雲は移動していってるが、南方向に厚い雲があるのが気になる。
いま現在は雲の切れ間が広がって(特に真上…首が痛い)雲の間から、微かな星の瞬きが見える。


2:01
風が出てきた。気圧の谷間通過中?


2:17
頑張って空を見ていたら、いつの間にか南からの雲が真上の空を覆い、昨日流星が見えたあたりの空も隠そうとしている。
一時的に開けた空は、南から来た層の厚い雲に隠され始めてる。


2:34
南からの厚い雲の層が、ほとんど空を覆いつくしてしまったので断念。
首がだるくなってきた。
わずかながら雲の切れ間はあるけれど、ほとんどピンポイント状態。
下の厚い雲の層のもっと上空に薄雲がかかっていて、もう流星が空を走っても見えないだろう。


いやぁ、雲ってものすごいスピードで移動してるんですね!bikkuri




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ご苦労さんと思ったらぽちっとお願いします☆

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こちらもヨロシク☆


ところで、ハム好きMさんやまぁくつさんはみることができたのでしょうか?

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 ping送信

2007-08-16

先日、ハム好きMさんがコメントに「キャッシュの補足」と題して、自分のランキングを調べる方法を教えてくださっていたのですが、その時に返事を書いていて(なぜFC2の方はいつも場外なんだろう?)と、素朴な疑問が湧いてきました。
…で、ふと思ったのが(「人気ブログランキング」の方は、忘れないかぎりping送信のボタンを押しているですよ…)

実はping送信って何なのか初めは知らなかったのですが「押しといた方がいいのかな」ぐらいな感じでやっていて、途中から(何だか知らないけど、これを押すと更新したことがあっちに伝わるらしい…)てな感じでやってました苦笑
でもFC2の方は、やったことがなかったのですよ。
最初の頃は何もしなくてもランキングに載っていたし、自動的にわかるようになっているんだと思っていましたから。
それに、まだ色んなところ見ても意味不明なことが多くて、あまりじっくりとランキングの方の設定画面とか見てなかったのです。
でも、ひょっとしたらひょっとする?…と思って、設定画面を見てみたら。。。。。あ~らら、ありましたよ。
ping送信するところ。
「人気ブログランキング」と様式はちょっと違うけど、ここ押しゃあping送信されるってのが、ありました。
半年以上たってようやく気付いた絵文字名を入力してくださいナンテコッタイ…

fc2の方では、ず~っと更新されてなかったことになっていたことに、やっとこさ気づきました。あはは~

ランキングをそんなに気にしているわけではないけれど、さすがに場外はちょっと寂しいかな?とか思っていたのですよ。
でも、ハムスターのことを一生懸命書くわけでなし、途中から人形がでてくるわ、グチ垂れるわ、方向性のまるでないブログと化してますので場外も仕方ないかもな~とかも思ってましたが、気づくの遅いですね
ま、いいや。もともとの始めからすると成長はしている
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おやおや…と思ったらポチっとお願いします。
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こちらもヨロシク。

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 Happy birthday×2

2007-08-19

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この野良寝をしているのは最近のユウです。
(カメラをまだ修理に出してないので、当てずっぽうで撮っています)
ここ数日は大変暑く、室内の温度計によると昼間はクーラーついているにも関わらず28~29℃ぐらいまで上昇しているようなのです。
夜は26℃ぐらいになってますのでケージ内の温度が30℃。
(ユウと銀のケージは直接冷房の風が当たらない所にあります)
ということは低く見積もってもケージ内、昼間は32℃ぐらいまで上がっているかも知れません。そのせいか、バリアフリーのハウスを2つ入れているのに、最近のユウはずっと野良寝になってます。ユウの周りのティッシュペーパーはユウがハウスの中から自分で運び出したものです。
銀はハウスから出てきません(若いからかな?)

このユウ、推定誕生日は2005年8月前半です。
日付がハッキリしないのは、ものすごく残念なので勝手に8月8日を誕生日にいたしました
ユキやケイも同じぐらいなのでユキはとりあえず8月7日にし、ケイは多分ユウと姉妹なので同じ8月8日が誕生日ということに決めました
(でもユキもケイももうお星様になってしまいましたけど)
はい、ユウは2歳を越えました。
さすがにヨレヨレです。

P1000562.jpg
この写真はユウの頬袋が口から飛び出して夜中に病院に走った2日後のもので、まだ毛艶も良かったときです。
でも、この時を境にユウの毛艶は悪くなっていったように思います。
急に老けこんだという印象があり、やはり通院(移動)や治療が相当プレッシャーだったか…と思いました。
でもあのまま放っておけば今絶対にユウはここに居なかったと思うので、それにかなり苦しんで死ぬことになったと思うので、仕方なかったなと思います。
ヨレヨレになりながらも気丈に食べ物に向かっていくユウは頼もしく見えます。
お誕生日おめでとう、ユウ!
頑張ってくれて、ありがとう!
これからもヨロシク!

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微動だにせず、ひたすら野良寝するユウでした~うふふ



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 訪問(BlogPet)

2007-08-20

きょうは、ふぅりんで訪問された!

*このエントリは、ブログペットの「Yuki」が書きました。

 蝶々バラバラ事件

2007-08-25

私がうんと小さかった時の印象的な出来事を書きたいと思います。

姉が幼稚園ぐらい…だとしたら私が3つか4つ。もしかしたら5つだったかも知れない。まだ走る足元が十分しっかりしていない頃のことです。
近所の住宅地の中には小さな公園が点在していました。
子供の頃は十分広い野原のように感じましたが、中学に上がる頃にはその公園は家一軒分ぐらいの広さしかなかったと記憶しています。
他にも本当は公園ではなく家を建てる予定の空き地とかも記憶の中では道に区切られた野原という感じで残っていました。
そんな中を姉を先頭に近所の子供たちが走っていました。
私は一番後ろから、みんなを追いかけていましたが、草に足をとられて前のめりにコケてしまいました。
そのとたんに左手にヌルッとした感触。
自分の手を見て、自分が蝶々を持って走っていたことを思い出しました。
蝶々は私の手の中で握りつぶされていました。
気持ち悪くて、とっさに傍に生えている草に蝶々の残骸をふき取り、すぐにみんなの方へ走って行こうとしたら…なぜか私の足が勝手に止まり、勝手にまわれ右をしました。実際には左だったかも知れません。ただ体が勝手に自分が行こうとしてる方向とは別の方へクルリと向き直ったのです。

私の体が向いた方向には公園に隣接する家の塀が見え、塀の手前に生えている何本かの木が、葉を穏やかな風に揺らせながら立っている。
そして草や花が風に揺れている。
春か初夏の眩しい日差しの中の野原のいつもの光景でした。
でも、私は自分から少し離れた所に誰かが立って、自分をじっと見つめているのを感じました。

その人は姿は見えない。
でも私が暗い押入れの中に隠れても、その押入れの中の小さな箱の中で、たとえ息をひそめても…その人からは丸見えで、こうして心の中で思うことも、その人から隠すことはできないのだ…と思いました。
そう思ったとたんフワッと体が自由になり、私はあわててみんなの方へ走って行きました。心の中ではなぜか『神さま、ごめんなさい!蝶々さん、ごめんなさい!』とつぶやいていました。

そしてみんなの所へ追いついたとき、近所の子の一人が意地悪そうに言いました。「あんた、蝶々つぶしたやろ!」
私はドギマギしながら「つぶしてへんよ!」と語気強く言いました。
その子は私の語気の強さにびっくりしてそれ以上追及はしてきませんでした。
そのときまた『こうして、こういう人(姿の見える人)には嘘も通るけど、さっきの人(姿の見えない人)には通用しないんだ…』と思いました。

その時の姿の見えない人から流れてくるというか、感じたものは、厳しさと包み込むような温かさ。
それは不思議な感じでした。相反するものが同時に伝わってきていたのでした。
rapis.jpg
その後しばらくの間、嘘をつけなくなったのは言うまでもありません

虹の写真は徒然主婦日記のラピスさんからいただきました。
この話にピッタリな写真がないなと思っていた時、ラピスさんのブログでこれを見て『これしかない!』と思いました。とてもきれいで、めずらしい形の虹です。



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 野菜の名前が湧いてくる☆

2007-08-26

これもまた子供の頃の話です。
子供でも子供なりに悩み事や問題にぶち当たって、心が追い詰められたりするんですよね。最近はいじめ問題が社会問題として認知されていますから『当たり前じゃん』と思われると思いますが、私の子供の頃の大人は子供が悩むなんて知らなかったんじゃないかしら…と思ったりします。
確かに大人の目から見れば子供の悩んでいる問題は、すぐに解決できてしまうような問題ではあるんですけどね。
言わば小学1年生が17+15を解けなくて悩んでいるのを大学生が見て(簡単なのに…)と、思ったりするのに似ているでしょう。(今はそんな人いないか)

もう何でそんなに追い詰められていたのかは覚えていません。
ただ追い詰められて『もうダメだー!おしまいだー!』と、人生や何もかもが終わってしまうような追い詰められた、張りつめた気分に陥って苦しくてたまらない気持ちは覚えているんです。
そんなときです。

か~ぼちゃ、なすび~、トマト、きゅうり、れんこん………


勝手に心の中に湧いてくるんですよ。野菜の名前が…
切羽詰って、まったく余裕のない心の中に…
でも、それに一瞬気を取られて自分でクスッと笑ってしまう。
そしたら(ああ、まだ笑えるから大丈夫だ…)と思って、なんとか苦しさに耐えられたのです。

これは小学1年生ぐらいから時々ありました。
なぜ野菜の名前なのかナゾですが、語感が確かに面白いんですよね。
先頭が必ず『かぼちゃ』でした(笑)
小さいうちは、勝手にどこからか湧いてきたのですが、小学5~6年ぐらいになると、気持ちが追い詰められたときに自分で心の中で『か~ぼちゃ、なすび…』とやってみて、それが出来るなら私はまだ大丈夫だと考えたりしたのでした。
そうする余裕もなくなったら、きっとその時こそオシマイに違いないと…。

子供の時はごく普通のことして、別段疑問にも思わず通り過ぎてきましたが、30も過ぎてから「ちょっと待て!」と思ったのでした。
もう守護霊の存在はわかっていましたから、あれってもしかして追い詰められて汲々としていた私を誰かがあやしてくれていたみたいだな…と思ったのでした。
私は他にもアレレ?と思うことがいくつかあるので、守護霊を思わずにはいられませんでした。

そう思うようになってから、実はみんなこんなちょっとした経験があって、しかしあまりにもさりげなく通り過ぎてしまうので気づかないだけかも知れない…と思うようになりました。


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いや、一応この子たちも野菜の名前(パセリ、セロリ)だし…



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 チィ、やすらかに…

2007-08-27

P1000007.jpg

今日、豆につづいてユキとユウの子が天のハムスターランドに還ってしまったと知らせを受けました。
チィとは名ばかりでユウの1.5倍ほどデカくなった子でした。
何の予兆もなしの突然死であったそうです。

どちらのサイトであったか…天国にはハムスターの天国があって、地上を去ったコたちは、そこで明るく楽しく暮らしているに違いないというようなことを書いていらっしゃいました。(もっと表現が美しかった記憶がありますが…)
そこのことをハムスターランドと呼んでいらっしゃったと記憶しています。
ステキな考えだと思いました。
そこにはきっと、初代のモグ、チチ、パク、それから父親のユキ、おばさんのケイ、兄弟の豆もいて、チィを温かく迎えてくれているに違いないと思うのです。

昨年の1月6日生まれでしたから、あともう少しで1年と8か月になるところでした。
決して若くはない年ですね。もうひとりメタボの気になるコがいますが、なんとか長生きしてほしいです。

 言葉って…

2007-08-28

まぁくつさんのコメントを読んで、とあることを思い出し、書いてみることにしました。
私は幼少のころから、本当に話すスピードがものすご~~~く遅かったんですが高校生ぐらいの頃に中学の頃を、またもっと幼少のころを思いハタ豆電球と気づいたことがあったのです。
それは『言葉』そのものについてでした。
自分で思い出せる限りで言うと、心の中に湧いてくるのは初めっから日本語ではなかった感覚。
うまく言い表せないんですが、子供の頃は常に心の中に湧いてくるものにピッタリ当てはまる言葉を探し探し話していたように思うのです。
日本語になる前の心の中にあるものって、何と言えばいいのだろう…信号のようなもの…。まだ何の言語にもなっていないもの。そんな気がしたのでした。
なかなか心にあるものとピッタリ合う日本語が見つけ出せなくて、自分でももどかしいのに、周囲はもっともどかしがって、焦ると余計話せなくなるパターンが多かったように思います。
私は特に心の中にあるものを正確に伝えようとしていたのかも知れません。
しかし生まれ育った場所は大阪。
イラチも多く、幼少時からボケとツッコミの洗礼を受けます。ノリが命です。
でも子供の頃の私などボケの範疇にも入らないし、天然の範疇にも入らないし、ただただ暗く、話さない子だったのです。いやもう話せない子だったのです。
みんなのスピードにどうしてもついて行けないのでした。
だから、先に書いた「蝶々バラバラ事件」とか「野菜の名前が湧いてくる☆」の当時の私の思考は、ほとんどが日本語ではなくただの信号みたいなものです。
当時思ったこと感じたことを翻訳して書いてるって言ってもいいぐらいです。
自分が押入れに隠れてもってところは、実際にそういう光景を心の中に展開してるだけで、日本語でそのように思ったわけではありません。

今はそんな影もなく、日本人ン10年やってますから子供の頃よりはボキャブラリーも増えて、あいにくもう心の中には端っから日本語が湧いてる感覚になっています。話すスピードも長年鍛えられたおかげで、まだちょっとモッタリした感じではあるけど、人をイライラさせるほど遅くもありません。
ただ、自分の経験でもって「心にあるもの」を「日本語」に変換しているという自覚があるのは珍しいことかもしれないと思ったりします。人からそんな話は聞いたことがないですから。
まぁ中学生ぐらいまで言語変換していたからかも知れません(爆)

確か言語中枢ってのが左脳にあるらしいので、左脳がほとんど働いてなかったという言い方もできるのかも知れません。
余談になるかも知れませんが、そういう自覚もありました汗
二十歳過ぎぐらいだったでしょうか…ある日ふと、心は活発に動いてるんだけど脳みそほとんど動いてないなぁ…と自分で思ったことがあります(笑)

実際はどのようなものなのか学問的に説明することはできませんが、また、学問的なものとぜんぜん違うかも知れませんが、自分が感じていたことを正直に書いてみました。

同じような覚えのある方、ご一報ください。

 エル

2007-08-30

P1000026_20070830000424.jpg

つい先日チィの訃報をきいたばかりだったのに、心配していたエルも今朝眠るように亡くなっていたそうです。
立て続けに逝ってしまい、飼い主はショックを受けたようでした。

チィもエルもメタボ激しく、特にエルはジャンガリアンにあるまじき大きさになっていました。
これまでうちで飼っていたコで一番大きかったのはパクで、最高76gまでいってダイエットというか、それまで無制限に与えていたひまわりの種を1日3~5粒に制限し、種子系の餌にそばの実をたくさん入れて他の脂肪分が高いものの摂取量を減らすという工夫(62gまで落とすことに成功)をしたことがありましたので、そばの実をすすめたことがありましたが、チィもエルもそばの実をあまり食べないと言っていました。
食べないので与えていなかったかも知れません。
エルはパクよりももっと大きかったですから100g近かったのではと思います。
チィも多分80gは超えていたのではないかと思います。
きちんと体重を計ったことがないようでしたので推定ですが、ふたりともパクより大きいと思いましたから…。
もうふたりともいませんから手遅れですが『食べなくても放っておけ』と一言加えるべきだったと今頃気づきました。
そう…お腹がすけば、あるものを食べるしかないので私は放っておいた…。(パクもその名が示す通り食い意地はってたし)
野菜やヨーグルトはいつも通りにあげているから大丈夫だと考えてそうしていたのでした。

チィもエルも何の前兆もない死です。
眠っている間に心不全になったのではないだろうかと考えます。
何の予兆もなかったことが、かえって飼い主にはショックだったようで当分ハムスターは飼わないと言っていました。
でも、いきなり二つのケージが空っぽになってしまって寂しいとも…。

これでユキとユウの子供は銀とアズキとチロだけになってしまいました。
アズキとチロはまた別の親類の家に貰われて行き、以来会っていないですが元気にしていると聞いています。
うちには、こないだ2歳になったユウと腫瘍を抱えてアブナイ(そのわりに動きは元気な)銀がいます。
私の第二期のハムスターたちのタイムリミットが刻々と迫ってきていると思いました。ユウは本当にヨタヨタ歩きで2~3日前から子宮からの出血ではないかと思われる兆候が出てきています。
うちではHB-101の入った水を与え、101と同じメーカーの「ニャンケンポン」という名前のペレットをユウにも銀にも与えています。ニャンケンポンは独特の匂いがあり、それだけで与えるものではなくほかのペレットに少量混ぜる与え方をするものです。
一見猫の餌のような名前ですが犬、猫、ハムスター、小鳥にも与えることができるものらしいです。
ユウは噛む力も弱っているのでペレットはすべて粉状にし、私に時間のある時は水煮コーンも裏ごししてあげます。
先日ペレットの粉をぬるま湯でこねてペースト状にしてみましたが、それはまったく食べた形跡がありませんでした。
ハチミツでも混ぜた方が良かったかな…。
ヨレヨレですが体重は47g。元気だった時の体重を維持しています。
でも毎朝晩、ケージを覗く時は覚悟が要ります。
小さな体が微かに上下しているのを見てホッとする。
いつもこのパターンですが、私のために頑張ってくれているように見えて、出来るものならば抱きしめてあげたいと思います。

チィもエルも飼い主にこんな時間を与えずに逝ってしまったんです。
でも彼女たちの場合は、体力が落ちてきたらユウ以上の介護が必要になるケースだったかも知れません。
あの大きさですから自分の足で自分の体を支えられず歩けなくなるでしょう。そしたら飼い主は何時間置きかに口に食べ物を運んでやり、下の世話も同じようにしなければならなくなったでしょう。
飼い主にそんな負担を与えないために、とっととハムスターランドへ還っちゃった…と思いたい。
あの体で1年と8か月近く生きたのですから許してあげましょう


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