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 生命の重さ

2007-04-29

何年か前『人間の命は地球より重いんです』と言った人がいましたが、私は頭の中に?マークがポコポコ湧きまくったのでした。
その背景には学校のイジメ問題で人を死においやったり、自殺したりという問題があったので言った人の気持ちはわからなくもなかったですが(冷静さを欠いた、錯乱した言葉だな…)と思いました。
そりゃ人を死に追いやるのは断固許せんけれど、単に極端な言葉にしか聞こえなかったのです。
冷静に事実を考えれば人間の命は地球より尊いものとは思いません。
地球は万物の生命を生かして存在する、すべての生命にとってなくてはならないものです。
でも、人間は地球は自分たちだけのものと考えて、好き放題にしてきました。
環境破壊に気づいてもそれを止めることも出来ないで、他の生き物ばかりか自分たちまで窮地に追い込んでいく進み方をしていると思います。正直に言うと私の目には人間が地球上で今一番愚かな生き物に見えます。勿論、人間は好きです。
好きだけど、せめてもう少し万物の霊長らしい振る舞いができないものかと歯がゆい思いをします。
すべての生物の頂点に立つ者の態度ってものがあるだろう…と考えてしまうのです。
一国の王様が自分が一番偉いのだからと、ふんぞり返って他人の迷惑顧みず好き放題したらどうなるか。
一会社のトップが社員の日頃の努力も顧みず好き放題したら、その会社は発展できるのか…。


どんな生命も他の生命の犠牲の上に成り立っています。
肉食獣は草食獣を食べ、草食獣は植物を食べ、植物は朽ちた生物や光を栄養に育ち、そんな風にしてすべての生物は他の生物に支えられて存在しています。それを単に弱肉強食という一言で表現してしまうと自然の姿は正しく伝わらないと思っています。
別の表現をすれば『与えあい』とか『支えあい』とかの言葉になるでしょう。多分そんな言葉だときれい事にしか思えないという人もいるだろうと思います。
確かに目に見える様子では奪い合いにとれる。でも、どんな獰猛な猛獣でも満腹の時は草食動物を追わないのです。昔TVで見たのですが、満腹のライオンをガゼルがからかっている姿が撮られていました。
ガゼルはライオンが満腹で動けないのを知っていて、わざとライオンのそばまで行き、挑発するような態度すらとるのですがライオンは見向きもせず、ただチョロチョロするのがうるさいので苛立ちを声にするだけです。その時はガゼルもピョンと後ろに跳び退るのですが、またからかうようにちょっかいを出す映像でした。
それを見て『ああ、こんなお調子者人間にもいるよな~』と思ったのでした。


ちょっと話はハズレるのですが、私が17~8歳の頃、ある日突然『私が生きているうちに天変地異は起こるな…』と思った時がありました。
別にそのようなことを特に考えていたということもないのです。
ただ突然湧いてきたのです。
そして、それをキッカケに考えたのでした。
『人類は滅亡するのだろうか?』するとなぜか心の中から答えが返ってきます。
滅亡はない)そのニュアンスでは1/3程度は助かる感じでした。
『その時、私は生き残れるのだろうか?』
……………)何も返ってきません。
『その時まで私はどうしたらいいのだろう?』
一生懸命生きることだ
その一生懸命生きることという言葉の中には多くの意味が一緒くたになっていて、要約すると自分がその時仮に死んでしまっても、生き残ってもどちらにでも対応できるように生きろということと、決して生きることを諦めてしまってはいけないが、死が決した時にはこの世にしがみつくなという感じも一緒になってでてきたのでした。
いわゆる自問自答ですが、後々になってからこの自問自答はちょっとおかしい…と気づいたのでした。まるで誰かと喋っていた感じ。
でも最近はめっきりなくなってきましたが、幼少時から折にふれてあったことなので、その時には変とも何とも思わなかったのです。
一応自分から出てきたものではありますが、ここには教訓が含まれています。

最後まであきらめてはいけないけど、死が決したらこの世にしがみつくな。

これ、野生動物が行っている姿と同じだと思っています。
まさに肉食獣に襲われて死に臨む瞬間の草食獣。
諦めるのとはまた違う死に臨む姿。
人間のように『恨む』もなし。『自分を憐れむ』もなし。
大いなる運命に自ら従う瞬間。
肉食獣も苦しみを長引かせはしません。急所を狙って苦しみは一瞬ですむようにしています。

だから私の目には自然界は弱肉強食とは映らないのです。
今一番弱肉強食をしているのは人間だけです。
昔の人は食べ物に感謝するようにと教えてきました。
日本では食べる前に「いただきます」と言うように今でも小さい子には教えます。その「いただきます」の意味を教えたら、もっと他の生物に対しても、人間動物を問わず生命というものに対しても認識が違ってくるのではないかと、よく考えます。
日本はもともとは自然と密接に関わり合ってきた民族で、それが八百万の神を信仰する土壌となったともいいます。
自然への畏怖の念が感謝の心が、あらゆる存在物に魂を認め手を合わせる姿へと自然に発展していったのだろうと想像します。
「いただきます」はそのなごりでしょう。

「人間の命は地球より重い」なんて言葉はいりません。
せめて他の生命と同じ重さだと教えてほしいと思うのです。
どれ一つ欠けてもバランスを失う、互いに支え合って存在するものだと。
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 パンドラの箱

2007-08-07

時々ランキングをチェックするとき、興味をそそられるブログをあちこち訪問してましたが、そのブログはなんというか興味の他、見たくないような気持ちが交錯するブログ名でした。丁度「見たい」と「見たくない」が五分五分の力で均衡する。その不思議さにとうとう読み始めてしまったのです。ブログ名は「僕の離婚バトル~仁義無き戦い」。。。。。。fc2ブログではありません。
やっとこさ第一章にあたる部分を読み終えた今、このブログを一言で表現するなら「パンドラの箱」と言うべきか……。


すみません。本来は花火か脳天気ネタの予定でしたが、明日か明後日に持ち越しさせていただきます。


パンドラの箱は開けてはいけないものです。
開けたら最後、箱の隅に残っている希望を見つけなければいけません。
私は身内の中では比較的本を読む方です(マンガからエッセイ、小説、実用書等々)。
そして時々読み始めて後悔する作品に出会います。
読み始めて後悔するとはどんなものか。
私の場合は心理的に追い詰められる作品というか、不条理な状況の中で出口の見えない世界に突き落とされたように感じる作品です。
そんなの途中でやめればいいと思うかも知れませんが、私は多分物語の中にドップリ浸かってしまう性質があるのです。
『しまった!』と思った時にはもう、主人公の苦しみは私の苦しみです。もちろん幸せなストーリーであれば主人公の喜びも私の喜びです。
客観視してる部分もありますが、だいたいドップリコです。もう完璧な疑似体験にハマッています。
話が不条理であればある程、なぜこうなってしまうのか、本当はどうすれば良かったのかアレコレ考えてしまいます。
ややこしい苦しい話など、本当に胸がギュッと締め付けられる思いがします。だからかえって読むのを中断できないのです。
きちんと話が解決しないと私の心が苦しいままになってしまうからです。
これまで何度かそんな物語にぶち当たり、それはそれで心の糧にはなっていたと思いますが、明確にイメージを持ったことはなかったのです。
ところが「僕の離婚バトル」を読んで初めてパンドラの箱という明確な言葉が浮かんできました。
ただし以前読んだものはフィクションですが、このブログは限りなくノンフィクションに近いものです。
私は読んでいて何度も泣きました。苦しくて、姉といつものような軽い会話が出来なくなった時もありました。
このブログを特に紹介したくて、ここに出したのでもありません。
これは本当にパンドラの箱だと思ったのです。開けてはいけないものかも知れないと思いました。
でも、どうやら書籍化されるそうでパンドラの箱を開ける人も沢山出てくるのだろうなと思います。
もし開けてしまったら最後まで読んだ方がいいと思います。
私にとっては大変ショッキングな人物が出てまいります。
なぜショッキングかというと人間が誰しも持っているものの塊と化した人物だと思ったからです。
私の心の中にもそれはあります。
ただ、それにここまで支配されている人間がいようとは思いもよらなかったのです。自戒の念が働きます。

重ねて言いますが、このブログの宣伝をする気はまったくありません。
気持ちの弱いという自覚症状のある方は本が出ても読まない方がいいかもしれないと思ってしまう。
しかし人間に興味があり、人間として成長したい方には良い糧となるかも知れない。
結局宣伝してるようなものかも知れませんが、ただこのブログについて語り合う相手が欲しかった…というのが、本当のところです。
いや、もしかすると自分の心をまとめたかっただけかも知れません。
ここのブログのコメント欄は度々荒れるようですので、ここのコメント欄で誰かと意見交換したいという気が起こりませんでした。
管理人さんもコメント欄の管理にかなり苦労されているように思いました。でも何かしら私の心は久々に何か言おうとしてる。
本当はノートに書いてみる方がいいんだろうと思います。
書いていれば何か出てくる感じがします。
やっぱり、ただ巻き込みたいだけかも知れません。←無責任

パンドラの箱を開けてみたいと思ったかただけフタを開けてください。
ただし、開けたら最後まで読むことをお勧めします。
私はこれから次のタイトルの話に入っていくところです。


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 パンドラの箱・2

2007-08-11

今日からお盆休みに入ってます。
今しかチャンスはないと思い、「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」の
k子との出会いを読みました。
何かわかるかなと思ったのですが、私が知りたいようなことは何もわかりませんでした。

私は子供のころから、わりと自分の心を見つめる性質でした。
内向して人とまったく喋れない時期とかもあったので、自然とそういう風になってしまったというところです。
そうした人と話せなくなって、後に話せるようになった一連の出来事もいつかブログに書こうと思いつつ…なぜかブログはどんどんおチャラケた方向(人形にハマったり、常日頃の自分のドジで)に向かい、なかなか書くキッカケがつかめなかったりしていますが、常に心を見つめていると心の中のいろんな現象がある程度、見えてきたりもするのです。
それを人に説明するのは非常に困難で『やめとくか』という気分が優勢でした。しかしk子という人物の存在に本当に衝撃を受け、うぬぬ~となってしまいました。
「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」を読んで私が感じたことは、あのブログを読まれた多くの人の感想とはだいぶ異なる気がします。
表面的な部分では同じような人もいるとは思いますが、まず私の感じた(見たと表現してもいいですね)ものを説明するために、私は私の経験談を一つ書こうと思います。
それを書いた方が、ある程度はわかりやすくなるかなと思うからです。
P1010007.jpg


私が喋るのが超スローモーだという話は、ちゃーみー♪さんへのコメントで知っている方もいらっしゃると思います。(今は子供の頃よりは、かなりスピードアップしております^^)
母親がイライラするほど、ということも書いています。
私の母は大阪で言うイラチに属する人でしたから、私が何か伝えようとしてなかなか言えなかったり、言われたことを理解して動くまでに時間がかかったりすると頭ごなしにどなる人でした。
私は母に何か言われるたび地面にめり込んでいくような心境で育ちました。ついでに家のことをサラッと紹介しますと、大変貧乏で年がら年中夫婦げんかしているような家庭でした。(平和な時もあったと思うのですが数えるほどしか記憶に残ってません)
ま、育って行く過程でかなり母の言葉が心に突き刺さっていたのでした。中学生になったぐらいから『早く自立したい』と考えていましたし、グレてグチャングチャンになって親を困らせてやりたいという衝動に駆られたこともあります。私は両親に愛されていないと思って育ちました。母には嫌われているとさえ思っていました。
グレることを思いとどまった理由は『この人たち(両親のこと)は、私が自分をグチャングチャンにして訴える価値もない』という、めちゃめちゃ冷めた理由です。いや本当のところは自分をダメにするのが怖かっただけかも知れません。それに途中で気づいてしまったのです。こんなに心が荒れ、両親を責めてしまうのも、愛されたい心の裏返しだと。そして荒れるのは本当は自分が両親の愛情を求めているということも。でも両親をどこか軽蔑していた私が、それを望む資格があるのかと、アレコレ考えました。とにかく幼少期から二十歳頃まで、家庭のことで苦しかった。

でも二十歳になったとき、ふと考えたのでした。
両親と自分を比べてみたのです。
両親はこの世に生を受けてから、もうかなりの時間がたつ。
私はこれまでずっと上り坂で、あともう少しは登るだろう。
一方両親は一番頂点から下り始めてどのくらいだろうと…。
どこかで人間の成長のピークは二十歳で、それ以降はゆっくりと衰えていくと聞いたことがあって、それに照らし合わせての思考でした。
では、どっちの方が今力があり強いだろうかと。
単純な思考です。私は自分の方が強いのだと思いました。
そして『強い者が自分より弱い者に対して愛してくれと望むことに無理があるな』と。
今度は私が愛さなければおかしいと。

単純ですが、こう考えたことで私の心はそれまでになく軽くなり、楽になりました。
そして愛されることを望むより、愛する方が幸せなのだと知りました。
それでも心の中には、昔突き刺さったままの母の言葉のナイフが残ったままでした。それは時間がたっても時々ジクジクと痛み、どうしても母を責めてしまう原因になっていました。表だって母を責めたのではなく、母を責める思いが心の中に湧いて来ることが苦しかったし、今一つ素直になれない原因だと思っていました。
そこで母に聞いてみました。
私は母のいろんな言葉でいろいろ傷ついたけど、なぜあんなことを言っていたのかと。
母は私の行く末を心配し、意地を持たせようと思って、わざとキツいことを言ったのだと答えました。母も子供の頃、キツいことを言われて最初は悔しかったけど、なにくそと思って頑張っていたら、そのキツく言われたことが実は自分を大変成長させてくれていたことに気づいたことがあったのだそうです。それで超スローモーな娘を案じ、意地を持たせようと叩きまくったというのが真相だったのでした。
それを聞いて『憎さからじゃなかったんだ』と理解しました。
が、(母ちゃん、相手を間違えているよ)とも思いました。
私は性格的には母とは全く違います。
どちらかといえば競争の出来ないタイプ。
人に対して「ちくしょう」とか「今に見てろ」とか思えないタイプ(今は違います)。
姉だったら多分叩かれた分跳ね返そうとするでしょうが、私は叩かれた分素直にめり込んでいく性質でした。
でも、母が私のことを案じていてくれてのことだったと解ったので、成否はともかく、それ以来、母を責める思いが湧いて来ることもなくなりました。
それで、私は母の件については解決したと思っていたのでした。

ところが何年もたって、母もすでに他界した後、気づいたのです。
自分の中の「泣いている子供」に。
私はわりと物事が絵になって浮かぶのですが、自分の心の中に常に何か重いものがあるのは感じていたのです。でも、それが何なのかわかりませんでした。なぜそんなものを自覚するかというと、人と話していると勝手に涙が出てきてしまうという困った症状があったからでした。
普通の世間話程度ならいいのですが、真面目な重要な話をしていて心から何か言おうとすると、泣く気もないのにボロボロと涙があふれてくる。これは困った症状でした。
だから自分の心の中を深く深く見ていく。
すると、辿っていった底の方にうずくまって泣いている子供が見えるのです。
私は子供の頃に傷ついたものが、まだこんな形で残っていることに愕然としました。その子供は要するに傷ついたまま一歩も成長できないまま今日まで来てしまった自分の一部分ではあるけど、もう自分ともかけ離れてしまって、なだめてもすかしてもどうにも動かない厄介なものでした。私がその子供(かつての自分自身ですが)に語りかける言葉は、その子供の周辺で跳ね返ってきて届かないのでした。
私は折を見て何度も何度も自分の中の鳴いてる子供を何とかしようと試みましたが、むなしく数年が過ぎて行きました。
その間何もしなかったわけではなく、いろいろ本を読んだりしてましたが、なかなか思うようには解決できなかったのでした。
ただ、とある教えに出会って、その教えに沿って反省というアプローチをするようになってからの成果は大きかったと思います。
ある日のこと、また私は自分の泣いてる子供を見つめていました。
それまでは、ただ泣いているだけだったのに昔母に言われた言葉の数々を呟いていました。
ああ、やっぱり、あの頃の私なんだ…と思いました。
そして、それから程なくです。泣いてる子供を見ようとまた深く入っていくと、見えたのは子供の姿ではなく黒い塊のようなもの。
それが子供と同じように昔母に言われた言葉を呟いていました。
ここにきて初めて私は泣いている子供の正体がわかったのでした。
執着…です。
これは昔母に言われた言葉をガッチリつかんで離さず、母が言わなくなった後も、自分で何万回も繰り返し繰り返し私を苛んでいたものでした。
執着とわかったとたん(こんなものいらないや)と思いました。
それは、これまで長年占めていた場所から霧のように消えました。
それ以来、もう心の中に泣いてる子供はでてきてません。


この経験と「僕の離婚バトル」とどんな関係が?と、思われるかも知れませんが、私は読んでいる間中、ずっとk子が化物に見えてました。(ほぼ山姥系)
執着というものは誰の心にもあるものですが、これは通常刈り取っていかないといけないものなのです。
執着というものは、心の中でいろいろな姿になって現れる。
放っておくと心の中の領域にどんどんひろがっていってしまうものです。しかし通常はこれがあまりはびこると重く苦しく感じるものです。
宗教の勉強をしたことがない人でも、執着はわからなくても苦しさは自覚します。その苦しさを全部k子はご主人のせいにしてしまったようで、自戒の念がまったく見られませんでした。
一体ここまで化物になるには、どういうものの考え方をしたらなれるのか、と思うぐらいこれまた難しいことのように私は思いますが、ぜんぜん誉められたことではありません。
k子を探偵を使って調べたご主人をひどいと言って責めるコメントもあったようですが、ものの前後も正邪もわからない人もいるんだなと思うばかりです。むしろ、ご主人はもっともっと早くに気づいて調べるべきでした。
多分k子が、ご主人を殺してでも(その気十分あったと推察します)守ろうとした人物と付き合い始めたころなら、まだ正常な思考ができたかも知れません。罪悪感がいっぱいあったに違いないのです。
その罪悪感が膿んで膿んで…しまいには自分を頭から信じる夫に腹を立てたかも知れない。自分のわがままを何の疑問も持たず受け入れる夫にイライラしたかも知れない。
とりあえず判るのは、k子が夫への罪悪感をすべて自己正当化にすり替えてしまい、憎む材料にしたことです。自分がこうなったのは主人のせい…と、今では本気で思っているでしょう。

甘ったれんな…ですが。突き詰めていくと贅沢な暮しから脱せなくなっただけのことです。
ご主人との暮らしでは出来ない、豪華さに目が眩んだだけですから。
k子がご主人を追い詰めても守ろうとしたのは愛する人ではなく、「贅沢」だと認識しています。


人間には自己統御の能力があります。
自分のしたことを他人のせいにするのは自己放棄と同じです。
「お前は人形か!」と言いたくなるほど、この場合は醜悪です。
家庭を壊したのはご主人ではなくk子です。

調べず何もしなければ平和でいられたのに…という意見は単に「臭いものには蓋をしておくのが正しい」と言っているにすぎないと思います。
そんな主義で生きていたら不正蔓延り放題です。
騙されても平和な方がいいという人はそうすればいいと思います。
それが本物の平和だと思えればですが。

ただk子は本当に見た目美しい人で、本人もそのことは十分自覚していたんだろうなと思います。わがままを聞いてもらうことに慣れている人でもあって、そのことがk子の首を絞めたという気がします。
今はいいでしょうが、良い先行きは望めないと感じます。

以上が私の感じたことになります。
ノートには書いてませんが、書いてたら以上のような内容をもっと言葉激しく書いてるかな…でも、疲れると思うんでしません。
人を責めるのってすごくエネルギー消耗します。
後で実になることでなら責めもするが、実のない責めはしたくないです。





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 パンドラの箱(補足)

2007-08-12

P1000728.jpg


さて…タイトルを『パンドラの箱』にしたことを思い出し、「あ、希望が抜けてる」と思ったので、やむなく補足を書きます(笑)

この話に希望はあるのか…

私はあると思います。
「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」のトランさんが、この出来事をどう捉えているのかは分かりにくいですが、最後の最後、一歩も引かず立ち向かったことが唯一の『希望』にあたる部分だったのではないかと思います。

別な言い方をすると、トランさんが初めて正面から対等に元・妻と向き合った時かも知れないからです。
トランさんは妻を無視したり、ないがしろにしたりした覚えは一切ないだろうなと思いますが、嫌々ながら元・妻の立場から二人の日常を想像してみると、妻の方では『自分を真っすぐ見てくれない』と思っていたかも知れないからです。
何でも呑み込んでしまう、何でも許してしまう、では自分をどう統御したらいいか、わからなくなる一面も確かにあるのです。
(だからって、あそこまで行っていいとはぜんぜん思いませんが)

トランさんが自分には過ぎた美しい人を妻に出来て、日々幸せに感じていたのはわかります。
でも、妻に引け目のようなものを感じてはいなかっただろうか?
「自分なんかの所へ来てくれた」なんて思っていた部分もあるのではないだろうか?
女性も見惚れるほど美しい人で、仕事も出来、家事もこなし、非の打ちどころのない過ぎた嫁だと思っていたのではなったろうか?
ある種、女神のように見てはいなかっただろうか?
でも、正常なうちのk子さんは多分対等、もしくはグイグイ自分をリードしていって欲しかったのではないかと推察はできます。

同じ職場にいて、トランさんの仕事での姿勢は知っているk子さんも、トランさんが素では野心よりも普通の幸福を愛する平凡な男性であることを知らなかったのではないか?
k子さんの性質上(といっても推察ですが)、野心も向上心も並外れた人を慕う傾向があったのかも知れません。
そこへもしも、引け目を持ったようなそぶりで接せられたら…火に油を注ぐというか、図に登らせるというか…ああイヤ!こんなこと書きたくない!…トランさんを見下して見るようになっていったのではないかと想像します。
それが不倫をする前であるのか、後からかはわかりませんが、そういう心理的経緯があったかも知れないと感じたのです。
それプラス前にも書いた罪悪感がごっちゃになって統御不能になったのかも…と想像すると。。。。。

トランさんが元・妻と同じ立ち位置に立って、真正面に奥さんを見たのは、あの最後のバトルときだけのように思ったのでした。



これは余談ですが、また、私の経験談を一つ。。。。。

私が小学校の2年か3年か4年か、そのあたりの時のことです。
私はその頃はもうドップリと内向しまくっていて、誰とも話せなくなっていましたから、教室でもいつも一人でポツンとしていました。
本当は友達も欲しかったし、誰とでも何の心配もなく気軽に話したかったけど、どうしたらそう出来るのかわからず、いつも悲しげにくったくなく笑い話すクラスメートたちを見ていたと思います。
そんな私に一緒に遊ぼうと声をかけてくれた女の子がいました。
同じクラスのWさんです。
彼女はゴム飛びや縄跳びなど、みんなで遊ぶとき必ず私を誘ってくれました。彼女の誕生日にも他の人と同じように招待してくれました。
彼女はうちの近くの繊維工場のお嬢さんで、家は大変裕福でした。
私は家でもグズドンノロマと言われ、お前はダメだと言われ、自分は人に好かれるわけがないと思っていましたから、彼女の親切が本当に嬉しかったのです。
だから学校の帰り道、たまたま同じ方向なので一緒に帰るようになり、私は彼女への感謝のつもりで鞄を持ってあげたり、後ろから彼女を押して歩いたり、まるで彼女にジャレつく子犬のように彼女が大好きになっていました。
でも、他の子が彼女をニックネームで呼んでいるのに、自分だけWさんと呼んでいることが、いつも引っ掛かっていました。
私も友達なのだから、みんなと同じように呼びたい。
それである日、勇気を出して彼女をニックネームで呼びました。
すると「あんたは、その呼び方せんといて!」
私は凍り付きました。
でも言った彼女も凍りついているのが判りました。
むしろ彼女の方が衝撃を受けていたようでした。
その自分の言葉で初めて、彼女は自分が私を蔑んで見ていたことを自覚したのでした。子供でしたが、そんなことが瞬時にわかりました。
私もショックでしたが、これまで彼女がしてくれたことに嘘があったと思いませんし、本当に嬉しかったし、謝ってさえくれたらいつでも許せる心境でした。いや許すというより、子供なのになぜか、彼女が私を蔑むようにしてしまったのは私自身であることもわかりましたから、許すって言葉は適切ではないぐらいな気持ちで、私も謝ろうとさえ思いました。ただし、彼女が謝ったら…です。
自分から誤ることもできる心境でしたが、なぜか心の中で『それは、いけない』というブレーキがかかりました。

私は彼女を見ました。
しかし彼女はそこで意地を張ってしまいました。
「ふん!」と、顔をそむけて行ってしまいました。
それ以来、私は自分から彼女にじゃれつくのはやめましたが、彼女が私に呼びかけると、私は何事もなかったかのようにニッコリして「なに?」と返事しました。
その返事が彼女の期待していたものと違うらしく、彼女は見る見る表情を険しくして「ふん!」
また、顔をそむけて行ってしまうのです。
私は和解したいだけなのに、一言「ごめん」と言ってくれたら私も「ごめん」と言えるのに…と思っていました。
そんなことを何度も繰り返し、中学生になってからも彼女は時々私にからんできました。
彼女の呼びかけに私が普通に返事する。
中学生になると「ふん、本当は嫌ってるくせに偽善者!」と語彙が増えていました。周りの子は怪訝そうな顔をするだけです。
私はあのことで、これっぽっちも悩みませんでしたが、彼女はきっと自分の発した言葉が許せなかったのです。多分私が責めて攻撃した方が楽だったのだろうと思います。その方が自分を正当化できるから。。。と、今は思いますが、あの頃は彼女が発した言葉で彼女自身が苦しんでいることしかわかりませんでした。
苦しむ必要はないのに、半分は私のせいなのに、そう思っても彼女は私の言葉を聞いてくれませんでした。(あまりの不毛さに何度か追いかけたことがある)
これは彼女がよそへ転校するまで続きました。

なんとなくトランさんの心情と似ているでしょう?(まぁくつさん限定の問いかけ・笑)

人間の心は厄介な時は本当に厄介です。
そんなつもりじゃなかったなら、別に自分を咎める必要はないのに自分を責めてしまう。そして苦しいと相手の中にも自分と同じ醜さを見つけようとする。そうすれば苦しくなくなるとでも言うように…
これは選択の問題なのです。
自分の非を認めて謝るか、認めずに逃げるか。
逃げるとなぜか相手も自分と同じ位置に貶めようという心の動きが出る。
それは単に自分の心が平穏でなくチクチクザワザワ苦しいからです。
でもこの心の動きも、気付かなければ誰の心にも起こることなのです。
これもまた執着というものの一傾向だからです。
ことさら責めるものでもありません。
それより、気づける自分を作る方が進歩的なのです。

 自己中と個人主義

2008-04-13

むか~しむかし、オスカー・ワイルドの『獄中記』を読んだことがありました。
その『獄中記』を読むまでに『ドリアン・グレイの肖像』とか、他の戯曲の脚本本とか、立て続けに読んだ記憶があります。
『幸福の王子』というタイトルだったと思いますが童話も書いていて、大変大好きな童話でした。
オスカー・ワイルドは戯曲作家であり小説家であり、今で言うと売れっ子の脚本家ということになるでしょうか。大変な才能の持ち主であったのだと思います。

『ドリアン・グレイの肖像』は、まだまだ若くて単純な思考しか出来なかった私の頭の体操になった本として苦笑記憶しております。
なんというか若く美しいドリアンを誘惑した(?うる覚えですが)人物の見事な論理のすり替えに、頭がチカチカした記憶があります。
さらっと読むと理解できない理屈が緻密な文章で書かれていたという印象でした。
本を読んでいて(油断できない!)と思った最初の本でした(笑)
同じところを何度も読み返し、どのように論理のすり替えが行われているのか、自分なりにつかもうと苦労した本でした。
そのすり替え方の巧妙さにうなったものでした。
そんな文章が書けること自体がオスカー・ワイルドの文才の高さを思わせるというか、すごい作家だと思いました。
が、彼の作品を読み進むうちに『獄中記』で、彼自身が男色の罪で捕まり、獄中生活を余儀なくされたのだと知りました。
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 考えてしまったこと

2008-06-11

体調を崩してしまい、少し間があいてしまいました。
休んでいる間に秋葉原で大変な事件が起こり、大変衝撃を感じています。
時間が経つにつれて犯行前の犯人の状態というものが明らかにされてきて、それでまた衝撃を感じてるというところです。
まずは犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

CA390254.jpg


世の中がどんどん変わってきているとおもいました。
被害者を携帯で撮る人たちは何を思って撮っていたのでしょう?
マスコミの報道の仕方もおかしいと思いました。
良識という言葉が忘れられている感じがしました。
私はテレビを観ていないので、事件を知ったのは日曜日の夜遅くでした。
ダンナはずっとテレビでニュースを観ていたようで、派遣会社の待遇がどうのと言っていました。
この犯人が感じていた焦燥感や雇用不安、ひいては将来への不安などは私にも理解できます。
私はいつからか将来自分はレゲエのおばさんになってしまうかも知れないと秘かに思っておりました。(今でも若干思ってる)
何度も面接を受けて断られたり、やっと雇ってもらえたと思ったら、かなりひどい所だったりで、不安で不安でたまらなかった時期があります。
ちなみにひどい所というのは、後に詐欺で世間を騒がせた会社だったり(研修期間中におかしいと思って逃げた)、給料をなかなか払おうとしない会社だったり(再三再四催促しないと出ない)、社長があまりにも瞬間湯沸かし器で、ほんの些細なことですぐに怒り出し、仕事にならなかったり、他にも様々です。
まだ心の働きを、思いの力を十分には知らなかった頃です。(今も十分わかってるとは言えませんが)
最終的に住む所さえ失うのではないかと思っていました。
だから派遣という不安定な立場で、彼女もなく気を紛らわせるすべがなかったとしたら、どんどんマイナスな方へ転がって行ってしまう犯人の心理状態は想像ができます。
ただ、馬鹿だと思います。
ネットでの言い争い、作業服(だっけ?)がないと思った瞬間にプッツンと切れたらしいけど、捜そうとしなかった。
別の場所に置かれていただけだったのに、確かめようともせず、あれだけの凶行を行った大馬鹿者だと思いました。
精神がなんと脆いことか。
根性無しというか、まるっきりガキというか、腹が立ちました。(←地はこんなもん)

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 久々に昔話です

2009-02-04

えー…久々に過去の体験話をしたいと思います。
これもまた暗い話になりますが、今現在はこの体験も自分にとって学びにもなったし、貴重な経験であったと思っていますので愚痴ではないし、特に大勢の方に知っていただきたいという内容でもありません。
今回はある方に向けての発信になりますが、その方がこの記事を読んでくださるかどうか、目下のところ分かりません。
それに、その方にとってヒントになり得るかどうかも確信はありません。
ただ心の中に起こる不可思議さを客観的に見てくださればいいな…と思いつつ、書いていきたいと思います。
心理学や心の中の事象に関心のある方は『ほほ~…』と思える内容かもしれません。
…が、長いですから覚悟してください(笑)



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 前回のつづき

2009-02-07

前回に自己喪失したときの話を書いてしまったので(笑)、今回はその続編を書きたいと思います。
はい、安定した自分を取り戻せても、心の中の悩みが自分できちんと消化できなければ、また同じようなことになる可能性があるのです。
私は一度で済みましたが、もしもその後自分の悩みを解決できていなかったら、きっとまた同じようなことになるし、二度目は更に状態がひどくなったと思います。
二度目がなかったのは幸いでしたが、時折同じように自己喪失した人の話を聞くにつけ、やはり心の中に起こる問題を、ずっと誤魔化し続けてはいけないんだ…と思うのでした。
なるべく明るいことに心を向けることも大事なのですが、どうしても気持が軽くなったり明るくなったり出来ないのであれば、むしろ自分の心と対峙する方が良いと思っています。


957.jpg
この写真は海月さん にお借りしました。海月さん、本当にありがとうございます。いつも使わせていただいて、とっても幸せです。(自分の写真だと、どうもシャキッとしない





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ペットショップ廃業に伴い保護されていた犬猫たちもボランティアさんの尽力で病院で治療を受け、引き取り先が見つかり、残るは2匹ということですが、その後も色んな不幸な動物たちを保護して活動されています。 単に「好きだから」では出来ないことだと思っています。 良かったら応援してあげてください。 http://ameblo.jp/inunekodaisuki/ それから、これも…
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